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第3回地域研究コンソーシアム賞 審査結果および講評

審査結果および講評

 第3回(2013年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について同賞審査委員会の審議結果を発表する。

 今回の募集に対して、研究作品賞候補作品8件、登竜賞候補作品6件、社会連携賞候補活動3件、研究企画賞候補活動6件の推薦があった。研究作品賞の候補作品については第一次審査によって選抜された作品2件、登竜賞については3件、社会連携賞は3件、研究企画賞については3件の候補作品・活動を本審査委員会での審査対象とした。これらはすべて第一次審査を経て推薦されたものである。各委員の活発な議論と慎重な審議の結果、それぞれの部門について以下の作品あるいは活動を授賞対象として選出した。

◆研究作品賞授賞作品
 島村一平著
『増殖するシャーマン―モンゴル・ブリヤートのシャーマニズムとエスニシティ』
(春風社、2012年1月刊)

 中溝和弥著
『インド 暴力と民主主義 一党優位支配の崩壊とアイデンティティの政治』
(東京大学出版会、2012年2月刊)

◆登竜賞授賞作品
 山本達也著
『舞台の上の難民―チベット難民芸能集団の民族誌』
(法蔵館、2013年3月刊)

◆社会連携賞授賞活動
 該当なし

◆研究企画賞授賞活動
 田畑伸一郎(企画代表者)
『ユーラシア地域大国の比較研究』(2008~2012年度)

地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:長崎暢子
委員:高木正洋・西村成雄・二村久則・家田 修

研究作品賞:島村一平著『増殖するシャーマン―モンゴル・ブリヤートのシャーマニズムとエスニシティ』(春風社)

研究作品賞:中溝和弥著『インド 暴力と民主主義 一党優位支配の崩壊とアイデンティティの政治』(東京大学出版会)

 研究作品賞の二作品に関しては、独創性という点でともに優れた作品であるとの認識で、審査員の見解が一致した。選考においては、非常に多くの時間を費やして、どちらがより優れているかが議論されたものの、最終的にどちらか一方に絞り込むことはできなかった。仮にどちらかの作品を受賞作品としたとしても、その差はごくわずかなものとなろうことから、審査委員全員の総意として、二作品に研究作品賞を授与することとした。
 島村氏の著書は、モンゴルの少数民族であるブリヤートの人々のなかで近年隆盛を見せているシャーマニズムを取り上げ、それを近代以降に余儀なくされた国境による民族集団の分断や、大規模粛正の過去と密接に関わったルーツ探求運動として描いた民族誌である。
本書は、空間的には、モンゴル、ソビエト、中国にまたがり、時間軸として、社会主義成立以前、社会主義からポスト社会主義の時代までカバーし、ある国、ある民族を固定的に論じるのではなく、トランスナショナルな視点から流動する社会的・文化的ダイナミクスを描き出している点で高く評価できる。また、エスニシティの研究として、人類学に止まらず、社会学や歴史研究への目配りもおろそかにされてはいない。
シャーマニズムを、単純な宗教論ではなく、現代の宗教の問題に内在的、客観的に迫りつつ、「自然環境や生業、政治・社会的状況によって変化する『不可知の存在』と人間のあいだにおける象徴的な交換の体系」と明快で新鮮な解釈をもって再提示した点も評価される。加えて本書は、死と生との関係を整理する必要があるという問題がクローズアップされる契機ともなり得た。
更に本書は「読み物」としても優れている。これは本書を成り立たせているフィールド研究が、極めて詳細かつ正確な観察に立脚している点に負うところがあり、そのことはとりもなおさず当該研究の質の高さを示唆するものと言える。また調査活動の中で表れる呼称や言語表現の意味解釈への慎重かつ深い洞察からは、独自で注目に値する研究スタイルもうかがわれた。
以上より島村作品は、今後の地域研究のあり方を示す重要な視点と新しい領域を提示しており、研究作品賞に相応しいと評価する。
 中溝氏の著書は、宗教暴動を政治学の立場から、政治変動特に政党政治と選挙過程に関する体系的分析を通して、暴力の政治的帰結という主題として捉えた作品である。政党政治分析という政治学の王道をゆく分析枠組みをとりながらも、10年以上にわたる現地調査ではビハール州に焦点をあてた暴動に関する豊富なインタビュー調査を用い、ローカルな制度分析とともに地域研究として価値あるモノグラフに結実している。本書の特に優れている点は、第1に、政治学だけでなく、社会階層、社会運動論の方法も駆使し、社会階層とカースト分析とを組み合わせて宗教動員モデルを構築し、これによって宗教と暴動をインドの政治社会構造の変容によって解明しようとした点にある。さらに、社会階層分析をより精緻化するために、カースト制度の流動性に着目したこと、現代インドの権力構造理解には20世紀初頭に遡って歴史的視座も持ち合わせているところも評価される。
 第2に、政治変動をたんに政治的な要因のみで説明するだけではなく、緑の革命の導入によってビハール州農業の経済状況が改善され、それに伴って同州の社会・経済的階層構造も次第に変化していったという経済的要因も政治変動の媒介変数として用いた点が挙げられる。この経済的変化によってカースト制度にも影響が及び、それがひいてはカースト制度と政党構造の関係を変化させる結果をもたらしたという分析は理論的で説得力がある。
そして第3に、本書の主要な分析枠組みの一つである「暴動への対処法」の、一次資料を中心とした豊富なデータに基づく精緻な検証である。このアプローチは、インドにおける政治的暴力を、先行研究のように暴力の原因を探るのではなく、その政治的帰結の分析を通じて暴力の克服までを見据えるという、民主主義と暴力の関係を新しい角度から捉えた斬新な研究である。
以上により中溝作品は、地域研究に政治学を適用する場合の新しい可能性を示したものとして高く評価され、研究作品賞に相応しいものである。

登竜賞:山本達也著『舞台の上の難民―チベット難民芸能集団の民族誌』(法蔵館)

本書は、チベット難民の芸能集団を対象とするフィールドワークを通じて、ディアスポラ的な生に揺れつつも、チベットナショナリズムを体現する存在として生きるチベット難民を活写したものである。本書で語られるチベット・ナショナリズムはイデオロギーではなく、生身の人間の営みである。
本書がJCAS賞の登竜賞として評価されたのは、まずテーマ設定の巧さである。地域研究コンソーシアムは地域を越え、学際的に対象に迫る研究を奨励しているが、本書はこの趣旨にふさわしく、中国とインドという二つの地域のはざまで生きる、あるいは世界を旅するチベット芸能楽団を取り上げ、その現代性を内側から描き出している。わけても本書が高く評価されたのは、内在的視点である。著者は研究対象であるチベット難民芸能集団の一員に加わり、いわゆる「参与観察」を超えて、傍観者に留まっていたのでは決して得られない知見を数多く提示する。しかも全体を物語として読み応えのある作品にまで仕上げた。さらに、研究対象との距離を保つため、「言説分析」手法を用いて叙述の客観性を担保しようとした。本書は地域研究の新しい可能性に挑戦した点で登竜賞にふさわしい。 ナショナリズムの語り方も、確信的なナショナリストを登場させるのではなく、多様な選択肢の中で揺れる人間への親近感をもとに、その揺れを揺れとしたままナショナリズムを描いたのも評価できる。また、その揺れが著者自身の心情の現れでもあるという自己分析も、明確になされている。もっとも、著者が本書の叙述において客観性を常に保ち続けることができたというと、後で述べるような留保をつけざるをえないが、それを差し引いても、チベット難民の現在を独自の視点から描いた力量は登竜賞に値する。
審査委員会は著者の将来性を高く評価しつつも、他方で、叙述に粗削りな面も見られるなど、以下、審査の過程で指摘された課題を率直に記すが、それは本書の著者に対してだけでなく、後に続く若手研究者にとっても他山の石としていただきたいからである。
まず、本書が芸能集団を取り上げ、音楽を叙述の素材とした以上、何らかの形で、例えば、楽譜を入れるなど、音が読者に聞こえてくる工夫が必要だったのではないか。また、伝統的なチベット音楽と比べて、本書が描くチベットポップはどこがどう違うのか。チベットポップはインドや中国のモダンポップとどこが違うのか。人を描くと同時に、その描く対象が表現手段としている音楽そのものを読者に伝えることは、必須だったと思われる。
二つ目は研究対象との距離感である。チベット難民という研究対象に徹底的に溶け込み、自他の区別が無くなるところまで埋没したことは、本書の誕生にとって不可欠だった。しかし、研究書として本書を叙述する際には、チベット難民を取り巻く状況との距離を客観視することが必要だったのではないか。すなわち、著者はチベット問題を扱う中国側の研究を「批評に値しない」として切り捨ててしまっているが、研究書としては中国側のチベット問題研究に正面から向き合う必要がある。本書がダラムサラでチベット難民向けに出版されたのならともかく、日本の読者を前提にしている以上、無条件に、まずチベット独立ありき、という立場は、乱暴に過ぎるのではないか。チベット難民の主体性に注目し、さらにそこに参加した著者自身の立ち位置も含めて分析するという著者の意気込みは高く評価できるが、そこから直線的に、中国側の研究を「批評に値しない」としてしまう態度には、再考の余地がある。本書では、チベット文化についてラサ中心主義を批判する視点があり、また、先行研究についても独自の整理をしており、その点も評価できるので、今後、著者が複眼的視点を持ってチベット難民問題を広い立場から考察してくれることを期待したい。ラサ、中国、インドの視点、あるいは、他の地域の難民と比較する視点などを取り入れて、本書の著者しかできない広い視野からのチベット難民論を展開していただきたい。
以上のように幾つか注文もあるが、著者には、今の若手研究者にありがちな「早熟老成」ではなく、本書で見せたような、徹底的に対象に迫る情熱を失うことなく、今後さらに研鑽を積んで、新しい地域研究の可能性をさらに拓り開いてほしい。

社会連携賞:該当なし

今回、推薦された活動のうち2件は誰でも視聴できる形での映像作品であり、地域研究に普段触れることの少ない一般の人たちにとって、地域理解の契機の一つとなっている点は、注目すべきである。ただし映像作品ではない他の1件も含めて、いずれの活動も、地域研究という視点からの問題意識は希薄で、地域が抱える問題への掘り下げが不足している点は否めず、審査委員会としては、今後、映像やその他のメディアによる社会連携の可能性を期待しつつ、本年度の受賞者は該当なしとすることとした。

研究企画賞:田畑伸一郎(企画代表者)『ユーラシア地域大国の比較研究』(ミネルヴァ書房)

本企画はロシア・中国・インド等のユーラシア地域大国について、様々な側面から比較検証を行うプロジェクトである。成果面では、比較軸に基づく総合的、かつ内在的理解をめざした新たな歴史認識のプラットフォームの構築がなされようとしている。その意味で、現代において経済的なプレゼンスを高めるロシア、中国、インドを地域大国と位置付けて比較することによって、地域の特殊性や固有性を見いだすことを得意とする地域研究者が、敢えてそれらの国々がもつ一般性・普遍性の解明に挑み、中軸国(先進国)認識とならぶ新たな基軸としての経済・政治モデルの提示を試みている点は、日本における世界認識を拡大し、大きく転換するうえでインパクトを持ち得ている。また、地域研究諸機関の学際的連携体制の構築、国際シンポジウムの開催や外国人研究者の招聘などの国際的研究交流の展開、公募研究の採択やプロジェクト研究員の採用等による研究支援体制の構築、論集刊行による成果の対外公開を通じて地域研究を推進させた点は、今後の地域研究にインパクトを与える業績と言えよう。
 研究企画としての広範さは、経済的発展論・統治モデル論・国際秩序論・近代帝国論・越境論・文化的求心/遠心力論の6大イシューとして示され、現在時点で最初の2冊が出版されている。どのイシューもきわめて意欲的に学問的挑戦を試みており、今後ユーラシアプレートに乗っている諸地域を理解する新たな「支点」を提供している。と同時に、日本の立ち位置に関する再検討と再定義が、ますます必要となっていることを明示的に提起している。まさに、北米プレートにも乗っている日本の21世紀世界における歴史的空間的位置を考えるべき新しい眺望を提供しているといえよう。
 もちろん、この企画が地域研究領域の独自な、そして普遍的な課題追求に充分であるということではなく、今後さらに世界に開かれた日本における成果として、ロシア・インド・中国のみならず欧米などの学会における国際的発信とそこでのインターラクションが期待されるだろう。

受賞者紹介

島村一平(しまむら いっぺい)

滋賀県立大学人間文化学部准教授。専門は文化人類学・モンゴル研究。早稲田大学を卒業後、テレビ番組制作会社に勤務。取材で訪れたモンゴルに魅了され退社、1995年にモンゴルへ留学する。モンゴルでの滞在は延べ6年に及んだ。1998年モンゴル国立大学大学院修士課程修了、2004年総合研究大学院大学単位取得退学。博士(文学)。モンゴル系の少数エスニック集団のシャーマニズムについてナショナリズムやエスニシティとの関係から考えてきた。現在は、モンゴルにおいて地下資源開発による遊牧社会の変容について調査中。

中溝和弥(なかみぞ かずや)

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。博士(法学)。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。インド・ジャワハルラール・ネルー大学留学、人間文化研究機構研究員などを経て、2013年より現職。暴力と貧困の解決をライフワークとし、民主主義がこれらの課題を解決する可能性について、インドを中心とする南アジアを拠点に研究を進めている。今回の受賞作では、2012年に第24回アジア・太平洋賞特別賞を受賞した。

山本達也(やまもと たつや)

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属「現代インド研究センター」客員研究員/NIHU研究員。文化人類学・インドおよびネパール在住チベット難民の研究。2009年3月京都大学大学院人間・環境学研究科より博士(人間・環境学)取得。近年は、チベット難民によるポピュラー音楽の制作と消費、流通等からチベット難民若年層の社会参加の様態や彼らのネットワークの様態を明らかにするとともに、自らもその過程に参入している。

田畑伸一郎(たばた しんいちろう)

北海道大学スラブ研究センター教授。専門はロシア経済,比較経済体制論。東京大学教養学部卒業,一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。1986年にスラブ研究センター助教授,1997年から現職。2004年から2年間,スラブ研究センター長,2012年から北海道大学ヘルシンキオフィス所長兼任。ロシア・マクロ経済の統計分析をもっとも得意とするが,近年は,ロシア極東経済,日ロ経済関係などにも取り組んでいる。



受賞者からの一言

◆島村一平氏

今回は、このような栄えある賞をいただくことになり、大変光栄に思うと同時に私のような未熟なものがいただいてよいのか、と大変恐縮しております。まずは、大学院博士課程時代の主任指導教官であった小長谷有紀先生と副主任指導教官でいらした松原正毅先生、そして国立民族学博物館の多くの先生方に感謝申し上げたいと思います。
受賞作品の『増殖するシャーマン』は、私の6年強に及んだモンゴル滞在の総決算だったように思われます。実は、私は最初から研究者を目指していた人間ではありません。大学を卒業した後、テレビ番組制作の仕事をしておりました。そこで取材で訪れたモンゴルに惹かれて会社を辞めてモンゴルに留学したんです。その当時の私といえば、毎日怒られてばかりいる本当に出来の悪いADでした。そこで出会った、どこまでも広がるモンゴルの大草原。優しくもたくましいモンゴルの人々。すっかり魅せられてしまい「ひょっとして前世はここで生まれたんじゃないだろうか」と思ってしまったのが、幸せな勘違いの始まりです。1995年、会社を辞めてモンゴルへ留学し、気づいたらモンゴルの大学院で民族学の勉強をしていました。
人間は追い詰められたとき、爆発的な想像力あるいは妄想力を働かせるものです。私が後にこの作品でテーマとしたブリヤートの人々の苦難の歴史と彼らの豊穣な宗教的想像力に共感を覚えながら調査をできたのも、平均睡眠時間3時間の中でしごかれた経験があったからかもしれないと密かに昔お世話になったテレビ業界に感謝している次第です。
モンゴル留学中も、いろいろな出会いと別れがありました。人口が300万人程度の國です。出会った人も遊牧民のみならず、上は大統領や国会議員から下はマンホールチルドレンまで様々な出会いがありました。そんな中、私を研究者になるように勧めてくれたのは一人のモンゴル人の女性でした。私の最初の妻です。モンゴル人の家族となることで義父はずっとドライバーとして私の調査につきあってくれました。残念ながら、妻は私の大学院在学中に病を得て他界しました。義父も昨年夏、亡くなってしまいました。
作品に登場する大シャーマン、ツェレン・ザイランには、多くのことを教わりました。彼はインフォーマント(情報提供者)なんて言葉で呼ぶには、余りある影響を私に与えてくれた人生の師です。2005年8月、博論の調査を終えて3年ぶりに私はモンゴルの彼のもとを訪れたんです。彼は、一通りシャーマニズムについての話を終えた後、「もうこれでおまえと会うのは最後だ。俺はこの冬を越すことはない。この世で成すべきことはすべて成した。元気でがんばりなさい」と言うのです。齢70を過ぎたとはいえ、元気そうに見える彼に「縁起でもないことを言わないでください」と私は言いましたが、その半年後の2006年3月のことです。パリで催されたシンポジウムに参加中、あるモンゴル人研究者に彼の死を知らされたんです。
また、フィールドでモンゴルのブリヤートの人々には本当によくしていただきました。ブリヤートの人は律儀で、どこか日本人と似たようなところがあります。調査協力の御礼に日本からもってきた小さなお土産を渡すと必ずお返しに何かプレゼントをしてくれるんです。それは食べきれないほどの乳製品だったり、羊一頭であったり、中には本をくれた人もいました。中には20世紀初めにレニングラードで出版された本当に貴重な本も頂いたりしたのですが、「私が持っているより、お前がもっている方が役に立つだろう」などといって、気前よくプレゼントしてくれたんです。
こうした多くの人々がいなければこの作品はきっと世に出ることはなかったでしょう。彼らの助力なくして、私は本を書き上げることはできなかったことでしょう。この場をお借りしてお世話になったすべての方々に厚く御礼を申し上げたいと思います。
最後になりましたが、これから地域の声を救いあげるような研究ができるよう精進してまいりたいと思う所存であります。以上、簡単ではありますが、御礼の言葉とさせていただきます。この度は、本当にどうもありがとうございました。

◆中溝和弥氏

このたびは大変栄えある地域研究コンソーシアム賞研究作品賞をいただき、誠にありがとうございました。政治学からインド研究を始めた人間として、地域研究の奥深さに感嘆するばかりでしたが、地域研究者としての賞をいただけたことを大変光栄に存じます。
 本書ではインドの政治変動を解明することを目的としました。変動の要因を探求する過程で、政治にとどまらない経済・社会的要因を分析することは是非とも必要であり、かつ歴史的な文脈に位置づけて初めて理解できることを痛感いたしました。そのため本書では、包括的なアプローチを意識し、次の三つのことを試みています。第一が、デリーの中央政治と末端の村の政治をつなぐこと。第二が、アイデンティティの政治を宗教アイデンティティとカースト・アイデンティティの相互作用に着目しながら体系的に把握すること。最後が、暴力・暴動の原因ばかりではなく、これがもたらした政治的帰結を分析すること、であります。インド政治の分野においては、いずれも新しい試みであると自負いたしておりますが、講評では、これらの試みに加え、経済的要因、歴史的要因も織り込みながら分析を行なった点を評価していただき、大変ありがたく存じております。
 戦争と貧困の問題を考えるために大学院に進学した私が、インドを自分の地域として選択したのは、圧倒的な貧困の存在ゆえでした。研究を進めるうちに、宗教暴動やカースト・階級に起因する暴力の程度も甚だしいことを学び、関心は戦争を超えた暴力全般に広がっていきました。21世紀を迎えても夥しい暴力を経験している人類が暴力を克服することができるのか、私にはまだ答えが見つかっていません。インド民主主義の実践のなかにヒントはあると考えていますが、これからも暴力、そしてもう一つの研究の柱である貧困を解決する政治制度としての民主主義の可能性を検証していきたいと考えております。最後になりますが、審査委員の先生方、これまで私の研究を支えて下さった皆様に心より御礼申し上げます。本当にありがとうございました。

◆山本達也氏

この度は拙著をこのような栄えある賞に選んでいただき、誠にありがとうございます。身に余る光栄であると存じております。また、講評ではお褒めのお言葉とともに大変勉強になるご指摘をいただき、とてもありがたく思います。以下、講評に対していくつか補足させていただきたく存じます。
 まず、中国のチベット研究への目配りに関する点です。拙著はインドに亡命しているチベット難民を題材にしたこともあり、チベット難民を先行研究とした議論に基づいて議論を展開しております。その点、評者の先生方のご指摘はもっともであるかと思います。しかしながら、「批評に値しない」と文中で述べたのは王と孫という二名の議論の論旨に向けてであり、中国のチベット研究全体に対するものではないという点は強調させていただきたく存じます。
 また、これに関連しますが、拙著はチベットの独立を前提とした議論を立てているわけではありません。むしろ、独立か否かを前提とした議論を批判したうえで、チベット難民の人々とどのようにともにあることができるかを問うたものであると考えております。とはいえ、それがうまく成し遂げられていないのであれば、それは筆者の力量不足によるものであります。今後の課題とさせていただきたく存じます。
 以上、補足をさせていただきましたが、先生方に賜りましたご指導を活かし、今後の研究を進めていきたく存じます。ありがとうございました。

◆田畑伸一郎氏

授賞いただいた新学術領域研究「ユーラシア地域大国の比較研究」(2008~2012年度)は,1990年代後半にスラブ・ユーラシア地域,中国,南アジアのそれぞれの地域について実施された重点領域・特定領域研究を束ねるようなものと位置付けていました。そして,このような地域を束ねるという発想は,地域研究コンソーシアムに負うところが大きかったと思っていますので,この地域研究コンソーシアムにおいて,私たちのプロジェクトが高く評価されたことを大変嬉しく思います。
講評のなかでは,「地域の特殊性や固有性を見いだすことを得意とする地域研究者が、敢えてそれらの国々が持つ一般性・普遍性の解明に挑み、中軸国(先進国)認識とならぶ新たな基軸としての経済・政治モデルの提示を試みている」ことを評価していただきました。ロシア,中国,インドなどを比較するにあたり,こうした比較研究でよくあるように,国別に分担するのではなく,私たちのプロジェクトでは,研究分担者が複数の国の比較を自ら行うことに努めてきました。研究分担者のほとんどは,いずれかの国についての専門家であり,その国の固有性・特殊性にこだわりがあるわけですが,自ら複数の国を比較することにより,非常に深みのある比較ができたのではないかと自負するところです。
私たちのプロジェクトでは,ユーラシア地域大国の比較が,現代世界の様々な問題を考える比較の新しい枠組みとして有効であることを示せられたのではないかと考えております。今後もこの枠組みを使った研究を様々な形で続けていきたいと思っています。
ミネルヴァ書房からは,6巻シリーズの3冊目として,岩下明裕編著『ユーラシア国際秩序の再編』が12月に刊行されました。年度内に望月哲男編著『ユーラシア地域大国の文化表象』も刊行されます。さらに,英語での成果をRoutledge社から刊行することも決まりました。ご期待ください。

募集要項(2013年度)

第3回地域研究コンソーシアム賞募集要項