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第6回地域研究コンソーシアム賞審査結果および講評

第6回(2016年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について同賞審査委員会の審議結果を発表する。
今回の募集に対して,研究作品賞応募作品3件,登竜賞応募作品6件,研究企画賞応募企画2件,社会連携賞応募活動1件の推薦があった。本審査委員会では,第一次審査によって選抜された研究作品賞審査対象作品2件,登竜賞審査対象作品2件,研究企画賞審査対象活動1件,社会連携賞審査対象活動1件を審査した。各委員の活発な議論と慎重な審議の結果,それぞれの部門について以下の作品あるいは活動を授賞対象として選出した。

【研究作品賞授賞作品】
該当なし


【登竜賞授賞作品】
神原ゆうこ著 『デモクラシーという作法:スロヴァキア村落における体制転換後の民族誌』(九州大学出版会)
佐藤尚平著 『Britain and the Formation of the Gulf States: Embers of Empire』
(Manchester University Press)


【研究企画賞授賞活動】
「災害対応の地域研究」プロジェクトおよび地域研究叢書シリーズ「災害対応の地域研究」(全5巻、京都大学学術出版会)の刊行


【社会連携賞授賞活動】
鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの奄美群島における社会連携活動


  

受賞された2氏,2活動には,委員会を代表して心からの祝意をお伝えしたい。以下は,各賞の授賞理由ならびに授賞作品・活動に対する講評である。
第6回地域研究コンソーシアム賞審査においては,応募告知から締切までの期間が短かったこともあり,応募数が著しく少ないなかでの審査となったことは残念である。研究作品賞応募作品のなかには力作と言える作品があったものの,全体として一次審査の段階より地域研究コンソーシアム賞にふさわしいとする高い評価の作品は見られなかった。一方,登竜賞応募作品のなかには,研究作品賞においてこそ審査されるべきであると審査委員から指摘されるほど完成度の高い応募作品もあり,最終的に受賞作品は一点に絞り込まず,2作品同時受賞となった。研究企画賞は,その審議に最も時間を要した。防災対応の地域研究のあり方について挑戦的に取り組んだ研究成果の意義は認めるものの、地域研究コンソーシアム賞が、地域研究分野を代表する賞として今後広く社会に認知され支持されるためにも、コンソーシアムの運営に深く係わっている研究者の作品について、推薦のあり方を検討することが必要との意見が出された。社会連携賞の選考にあたっては,審査委員からは本賞が研究機関定常活動評価を担うものではなく,特定の社会連携プロジェクトの功績に与えられるべきものである旨を今一度確認すべきとの指摘もあった。社会連携賞においても,それに留意しつつ,審査をおこなったことを付言しておきたい。
 以下,受賞作品,活動に対する講評を記す。

研究作品賞:該当なし


登竜賞:
神原ゆうこ著 『デモクラシーという作法:スロヴァキア村落における体制転換後の民族誌』 (九州大学出版会)

社会主義からの体制転換を経験し、EU加盟に至るスロヴァキアの村落が、新たな「市民社会」のシステムや民主主義のルールに、いかにその生活を適応させていったのか。本書は、理論的な検討と長期にわたるフィールド調査を踏まえ、参与観察と丹念な聞き取り調査に基づき、その適応の過程を政治的価値観の変容と揺らぎの中に描いた民族誌である。
 適応に困難があるとされた村落を対象とした政治価値の変容を分析するにあたり、著者は、体制転換後に現れたと想定される国家に対抗する市民社会という二元論的図式をとらない。スロヴァキア国内の先行研究の検討を踏まえ、独自のローカルな基準や観点に照らして、国家から機能分化した政治や経済の間に存在する多様な市民社会のあり方こそ重要とみて、文化人類学的アプローチによりその複層的分断的な側面を生き生きと照射している。特に、村落の政治にかかわるアソシエーションの実践に注目し、体制転換期の村落の再構成、コミュニティーに生じた亀裂とその修復、コミュニティーとの関係、地方分権化と自治などの具体的な側面から分析し、政治的価値観が実践を通じて徐々に変容してきたことを見事に跡づけている。  ポスト社会主義圏を対象とした文化人類学の成果であるが、著者はいわゆる「第3の民主化の波」を対象とした民主化論や市民社会論の研究蓄積を踏まえて問題設定を行っており、政治学との架橋を試みた成果として学術的意義も大きい。
 共和国時代などに遡る伝統的な空間や、社会主義時代との連続性と非連続性の中に、政治価値観の変容を位置づけようとするバランス感覚や、抑制の効いた深い考察も好感が持てる。歴史的な背景の説明も十分取り込まれ、コラムの補完的情報も研究の幅の広さや奥行きの深さ感じさせる。登竜賞としてはもとより、スロヴァキア及び東欧の地域研究として完成度の高い作品となっている。

佐藤尚平著 “Britain and the Formation of the Gulf States: Embers of Empire”
(Manchester University Press)

この作品は,1970年代初頭におけるペルシャ湾岸地域からイギリス支配の撤退過程について、歴史学と国際関係論の両視角から吟味したものである。ロンドンの公文書館とアブダビに保存されていた史料を丁寧に比較検討し、定説を覆す事実も明らかにしている。南アジアとアフリカの植民地統治を在地の権力や独立運動に移譲してきた英国帝国主義にとっては、最終段階ともいうべき主権国家の創設である。 英国の保護領であった9地域が、カタール、バーレーンおよびアラブ首長国連邦として独立する経緯は、実に興味深い。かつて「海賊国家群」と呼ばれたペルシャ湾岸が、大きく主権国家に変貌した。権力を移譲した側にも、移譲された側にも独立に至る明確な方針や展望がないまま達成された近代主権国家の創設である。国際関係論としても関連する分野に過不足なく,目配りをした完成度の高い学術研究である。現代に最も近い脱植民地化の実証的な研究として、きわめて優れている。登竜賞に相応しい研究成果である。 JCASコンソーシアム賞が主に地域研究を対象とすることを考慮すると、今後の研究に期待する事柄は少なくない。よく知られているように、これらの湾岸諸国における国民の所得水準は、世界でも最も高い水準にある。しかし、住民の8割から9割までが外国人で構成されている。アラブ人の住宅で働く家事労働者や近郊の工場労働者は、低賃金の過酷な労働条件のもとで搾取され,人権無視の事例も少なくないという研究事例もある。歴史研究に留まらず,主権国家に変貌したとされるかつての「海賊国家群」が,「多外国人国家」に移行したともいえる対象社会の実態をも研究対象として包摂する地域研究への発展を切望する。

研究企画賞:
 「災害対応の地域研究」プロジェクトおよび地域研究叢書シリーズ「災害対応の地域研究」(全5巻、京都大学学術出版会)の刊行



2016年度の研究企画賞は,京都大学地域研究統合情報センターの山本博之准教授を代表とする「災害対応の地域研究」プロジェクトによる「災害対応の地域研究」シリーズ(全5巻,京都大学学術出版会)の刊行完結(2016年3月)に決定した。  山本氏らは、2004年末のスマトラ沖地震・インド洋津波の災害復興について精力的に現地調査を実施し、地域研究の立場から情報収集と情報発信に取り組んできた。当時,山本氏らが提供するウェブでの情報量は他を抜きんでていた。また,長期の現地での地域研究から災害対応を見るという点では,西芳実氏による「津波による復興がアチェ紛争に与える影響の研究」がその好例だった。その後も山本氏らはインドネシア等での災害研究を継続的に続け、そして,2011年の東日本大震災に至る。東日本大震災からの復興が今一つうまくいかない理由を考えるためにも時宜を得た企画となっている。  この企画が世に明らかにした点は以下の二つである。一つは地域研究による「より意義のある,効果的な人道支援のあり方への貢献」である。普遍的な原則はあっても災害復興は極めて地域特異的であり,地域と外部世界との関係にも依存する。それを無視する人道支援は,非効率なばかりか有害ですらある。深い地域研究の必要性を再認識せざるを得ない。もう一つは、災害対応という「非日常」を通して見えてくる地域の「日常」の本質についての研究意義である。災害対応は、その地域の日常を基盤とし、その地域の外部との関係を基盤としている。シリーズを読み進むうちに日常と非日常などという分け方そのものに疑問が生じるとの声が,審査委員から挙がったことも付言しておきたい。災害対応という非日常の中でこそ見える地域の本質に迫る研究を今後も期待したい。

社会連携賞:
鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの奄美群島における社会連携活動

http://cpi.kagoshima-u.ac.jp/index-j.html

鹿児島大学国際島嶼教育研究センターは,鹿児島県島嶼からアジア太平洋島嶼部まで広範囲な地域を研究対象とするなかで,特にプロジェクトとして薩南諸島に着目し,奄美市および奄美広域事務組合,そのほか地域学校や教育委員会と連携し,島嶼住民参加型のプロジェクト活動を実施し,薩南諸島の生物多様性の保全のための啓蒙活動,世界自然遺産登録に向けた情報発信,島嶼学の概念強化などを通じて社会との連携に努めている。  鹿児島大学国際島嶼教育研究センターの奄美群島における社会連携活動が,地域研究コンソーシアム賞社会連携賞にふさわしい理由としては,第一に,島嶼域という地域を島嶼学を通じて研究するのみならず,自治体,地域住民などとの多様な社会連携を包摂する活動であること,第二に,対象地域に研究拠点(奄美分室)を設け,その活動を支える体制を整え,地域のこどもたちにフィールドワークの楽しさとともに,地域の生物多様性を学ぶ場を形成していること,第三に,世界自然遺産登録に向けた地域研究者の取り組みとして,多くの出版物を含む様々な広報活動に取り組んでいること,などにおいて,高く評価できる。これらの点に鑑みて,同活動は,社会連携賞の授賞対象としてふさわしいものと判断される。 奄美群島における社会連携活動を受賞対象とすることは,これまでの活動の成果に対する評価である以上に,地域研究者が,研究だけに留まらず,地域の自然環境とその自然に根ざした地域の人々の暮らしを真摯に見つめ,多様な地域のステークホルダーに積極的に寄り添おうとする本活動の試行錯誤への賛辞である。


2016年11月5日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:堀江典生
委員:遅野井茂雄
    中村尚司
    門司和彦


受賞者紹介

神原 ゆうこ(かんばら ゆうこ)

北九州市立大学基盤教育センター准教授。博士(学術)。専門は文化人類学。筑波大学第一学群人文学類卒業後、九州大学大学院比較社会文化学府修士課程、スロヴァキア共和国コメニウス大学留学を経て、東京大学院大学総合文化研究科博士課程修了。2011年に北九州市立大学に着任。文化人類学的手法を用いて中央ヨーロッパ社会を探求することに関心を持つ。近年は、スロヴァキア地方都市におけるNGO活動と宗教活動の展開や、スロヴァキアのハンガリー系マイノリティとスロヴァキア・ハンガリー国境地域交流に関する研究に取り組んでいる。2016年9月から2017年8月まで、中央ヨーロッパ大学政策研究所(ハンガリー)客員研究員兼任。


佐藤 尚平(さとう しょうへい)

金沢大学人間社会研究域准教授。博士(国際関係論)。専門は中東地域研究、イギリス帝国史研究。アラビア半島の現代史、イギリス帝国の解体について取り組んでいる。最近は、イギリス帝国による世界的な文書隠蔽工作についても調べている。オックスフォード大学大学院国際関係研究科博士課程修了、早稲田大学イスラーム地域研究機構研究助手、東京大学東洋文化研究所(日本学術振興会)SPD特別研究員などを経て現職。


山本博之(やまもと ひろゆき)

京都大学地域研究統合情報センター准教授。博士(学術)。専門は地域研究。マレーシア・サバ大学講師、在インドネシア・メダン日本国総領事館委嘱調査員等を経て、2007年より現職。2004年12月のスマトラ島沖地震・津波(インド洋津波)を契機に、地域研究者(特に人文社会系)による災害対応の意義と可能性に関心を持ち、現地調査などを重ねてきた。現在は対象をインドネシアからフィリピンとマレーシアに拡大して災害対応の地域研究に取り組んでいる。


河合 渓(かわい けい)

鹿児島大学国際島嶼教育研究センター教授。博士(水産学)。北海道大学水産学研究科後期博士課程単位取得退学。英国ウェールズ大学研究員を経て現職。専門分野は海洋生物学。特に、アジア太平洋島嶼での人と自然の関係について、学際的に研究を行なっている。著作には「“人と自然の共生”からみた鹿児島環境学」『鹿児島環境学Ⅰ』(南方新社、2009)、『The Amami Islands』(共編者、Hokuto Shobo publishing, 2016)などがある。




受賞者からの一言

◆神原 ゆうこ氏

このたびは、地域研究コンソーシアム賞・登竜賞という栄えある賞をいただき、ありがとうございました。毎年、丁寧な講評を出してくださる審査委員会から賞を頂けたことは大変光栄であり、まずは審査の先生方にお礼申し上げます。
拙著『デモクラシーという作法』は、多くの人々からの手助けとご指導を得て完成させることができました。フィールドワーク調査に協力してくださったスロヴァキアの調査地の方々、および現地の大学と研究機関の先生方と同僚たちには、返しきれない恩を感じております。また拙著の元となった博士論文を指導してくださった東京大学大学院総合文化研究科の渡邊日日先生と副査の先生方、および拙著を出版してくださった九州大学出版会と出版時の査読をしてくださった匿名の先生方にも深くお礼申し上げます。
 拙著は、スロヴァキアの体制転換以降の村落に注目した文化人類学的研究です。中央ヨーロッパに位置するスロヴァキアは、1989年に社会主義からの体制転換を経験し、現在はEU加盟国となっております。この地域の体制転換についての先行研究では、社会主義的な政治体制からの脱却を求めた市民の存在が注目され、この市民というキーワードがその後の市民社会論の展開に大きな影響を与えてきました。その一方で、体制転換後の政治的・経済的混乱も多くの先行研究で指摘されています。拙著が注目したのは、体制転換後の世界に適応することが難しいとみなされてきた村落の人々が、EUを基準とした市民社会のシステム、いわば「デモクラシーの作法」に自らを適応させていく過程です。具体的には、体制転換後の生活が大きく変化したスロヴァキアの西部国境地域の2つの村落に注目し、アソシエーション活動への参与観察と村の人々への聞き取りから得られたデータをもとに考察を進めました。
近年では、インタビュー調査は文化人類学以外の研究者も行います。また、地域研究であれば、文献を扱う分野でも、何らかのかたちで現地にかかわる研究者は多いと思います。現場に注目することは、もはや文化人類学者の特権ではありませんので、スロヴァキアの研究に文化人類学的という表現を疑問に思う方がいるかもしれません。この地域を対象とした文化人類学の研究蓄積を参照しているから、という理由だけで文化人類学的と述べているわけではありません。この研究は、単に現地でインタビューを録音して書き起こすだけでは進めることができず、年金受給者会や民族舞踊団、そのほかのアソシエーションの会合や主催するイベントにおける地道な参与観察の繰り返しの結果に依拠するものであることを強調したいと思います。先入観を排して、「人々が話してくれたこと」と実際の行動の違いを分析する姿勢は、文化人類学の基本のひとつであり、本研究にとってはそれが重要でした。
アジア・アフリカとは異なり、中東欧という区分、あるいはヨーロッパという区分の地域研究において、文化人類学は存在感があるとはいえません。ですので、本研究を進めるうえで、この地域における政治学や歴史学の豊富な研究蓄積は不可欠でした。また相対的に文化人類学者が多い、旧ソ連地域の地域研究の動向も意識して研究する必要がありました。このような状況で研究を進めてきたので、粗削りになるのを覚悟してでも、分野を超えてこの地域全体に大きな影響を与えた民主主義という概念にアプローチする必要を常に意識せざるを得ませんでした。その結果、地域研究として評価していただけたならば、著者としては望外の喜びです。
拙著を高く評価していただけたことは、大変嬉しく思っておりますが、論理的な詰めの甘さや細かい事実確認の甘さについては、周囲からコメントを頂いており、さらなる研鑽の必要を痛感しております。登竜賞を励みに、今後もこの地域に根差した研究を進める所存ですので、今後ともご指導の程よろしくお願い申し上げます。


◆佐藤 尚平氏

この度、地域研究コンソーシアム登竜賞を頂き、誠に有難うございます。日本の地域研究をつなげ、牽引する地域研究コンソーシアムに研究をみていただいたこと、大変光栄です。審査員の先生方、これまでご指導して頂いた先生方、同僚の皆様、また、調査にご協力頂いた皆様への深い感謝の気持ちでいっぱいです。心から御礼申し上げます。また、この間お世話になりました事務局の二宮様にも深く御礼申し上げます。
私の研究は、アラブ産油国とイギリス帝国の関係についての研究です。平たく言えば、「植民地独立」の過程を追うという研究です。この研究を始めるまで、私は、「植民地独立」や「民族解放」という現象について、善悪二元論的なイメージを持っていました。すなわち一方に植民地を搾取する帝国があり、それに対して従属的な立場に置かれていた民族が奮起して立ち上がり、帝国を放逐して独立を達成する、というようなイメージです。こうしたイメージを心のどこかに抱きながら研究を始めましたが、結果としてはこのイメージを部分的に考え直すことになりました。
まず私が研究対象としたアラビア半島の三つの国、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦は、イギリスに完全に植民地化されたことはありませんでした。しかしその一方で一世紀半ほどの間、軍事面と外交面ではイギリスの庇護下にありました。そして三国の君主たちは、イギリスと密接な関係を保ちながら権力基盤を固め、イギリスを放逐するのではなくむしろイギリスとの密接な関係を維持することによって最終的に独立を達成しました。
今、分かりやすく伝えるために「独立」という言葉を選びましたが、現地では「独立」という表現は使いません。イギリスとの密接で複雑な過去があり、それが現在の国家の成り立ちと深く結びついているためです。
この研究を進めながら、一つ心がけたことがあります。それは、どこか遠いところにいる「彼ら」を紹介するのではなく、大きく見た時には一つの社会を形成している「私たち」を描こう、ということです。一つには、いずれはアラビア半島とイギリスの人たちの前に自分の研究を出すことになるので、そのような読者を、遠いところにいる「彼ら」としては想定出来ないということがあります。しかしより重要な点は、アラビア半島とイギリスとの関係でみたような現象が、私自身が生きてきた社会の経験と無縁ではないということです。この研究を進めながら、自分や自分の家族、ともに生きている仲間が、帝国や支配、独立をどのように経験し、記憶し、また逆に忘れてきたのかを考え直すことが何度かありました。それぞれの社会には、それぞれの複雑な過去があり、深く立ち入りたくない記憶やタブーもあります。 今後も、研究対象と一定の距離は保ちつつも、同時に俯瞰的には人類全体の経験を描くという姿勢で地域研究を続けたいと思います。今回、研究をするということがどれほど大変なことか、身をもって感じ、自分がいかに未熟であるか痛感することになりました。遅々とした歩みになりますが、今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い致します。


◆山本 博之氏

このたびは地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の研究企画賞というたいへん名誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。まずは選考にあたってくださった先生方、そしてJCAS賞をはじめとするJCASの活動をふだんから支えてくださっている方々に厚く感謝申し上げます。この受賞は、私たちが取り組んできた「災害対応の地域研究」プロジェクトと、その成果である「災害対応の地域研究」叢書シリーズ(全5巻)の刊行に対するものだと伺っています。叢書の最終巻のあとがきにも書きましたが、プロジェクトの実施にあたっては、2004年のインド洋津波をきっかけに地域研究者は調査地の被災にどのような形で関われるかを手探りで考えていた私たちの活動に助成を通じて勇気付けてくださったトヨタ財団、そして、2011年にインドネシアのアチェ州で1週間にわたる現地語でのワークショップに参加して、この研究活動を出版物にまとめるようにと強く勧めてくださった地域研究統合情報センター(地域研)のセンター長(当時)の林行夫さんは、先行きがはっきり見えない状態で今日までプロジェクトを続けてきた原動力になりました。独自の予算を持たずに学内外の様々な研究プロジェクトと相互乗り入れで進めてきたため、関係する地域研の同僚教員や事務スタッフのみなさん、共同研究者のみなさんにはたいへんお世話になりました。また、JCAS加盟組織の構成員が行う研究活動をJCAS社会連携プロジェクトとして広報協力する仕組みは共同研究のネットワークを広げる上でとても助けになりました。叢書シリーズの刊行にあたっては、各巻の編者・執筆者のみなさん、編集に当たってくださった福島祐子さんをはじめとする京都大学学術出版会のみなさん、そして刊行を助成してくださった京都大学地域研究統合情報センターに感謝申し上げます。 このプロジェクトは持ち寄り式で進めてきたため、結果として異業種・異分野の専門家と連携する機会となりました。インドネシアでは地震・津波が主な災害で、人道支援や工学・防災の専門家とご一緒することになりました。フィリピンでは医療・衛生の専門家と連携する機会が増えました。フィリピンは台風災害が主な災害で、地方の台風災害では高潮で溺死する人の数が多いですが、首都マニラの台風災害では感染症による死亡がかなりの数に上ります。経済格差があるマニラでは富裕層と貧困層の生活圏が区別されており、この2つの階層はふだん互いに直接関わりを持つ機会はほとんどありませんが、台風が来ると富裕層と貧困層の生活環境が水で繋がってしまいます。このことは、行政や富裕層にとって、貧困層の生活環境を改善することが自分たちの生活環境に繋がるという地域的な運命共同体という意識を生む契機になる一方で、自分たちの生活環境を守るために貧困層を排除すべきという発想にも繋がりうるため、マニラの災害対応は複雑な様相を見せることになります。マレーシアでの共同研究では、東南アジアでは災害後の自殺について聞いたことがないけれど日本は災害後に自殺する人が少なくないことから、日本のような技術的・制度的な災害対応と東南アジアの心理的な災害対応を組み合わせることで災害に対する社会のレジリエンスを高められないかという問題関心から、宗教研究との共同研究に取り組んでいます。 今後は、東南アジアの現地の個別の課題に即した災害対応研究を国際共同研究として進めていくとともに、災害対応の地域研究を通じて得られた復興の観点を入れることで、従来の植民地支配、戦争・革命、開発独裁といった東南アジア史研究に新たな視角を提供する可能性を模索しながら研究を続けていきたいと考えています。


◆河合 渓氏

この度は、地域研究コンソーシアム賞の社会連携賞をいただき、大変に名誉なことと思っております。ありがとうございました。また、地域研究コンソーシアム事務局の皆様、そして審査をしていただいた先生方にお礼を申し上げます。
本受賞では、私は代表者となっておりますとおり、今回評価していただいた活動は、鹿児島大学と奄美群島広域事務組合、奄美市、そして多くの奄美在住者の方々の総合的活動を認めていただいたものです。
鹿児島は、九州から台湾に島嶼が続く起点という地理的環境にあり、鹿児島県は全国でも2番目に島が多い県です。私が所属している国際島嶼教育研究センターは鹿児島から南に広がるアジア太平洋の島嶼の自律的発展を目的に研究・教育活動を行っています。前身は昭和56年に設置された南方海域研究センターで、その後何度かの改組を経て現在の島嶼を研究する組織となりました。そして、鹿児島大学は地域に貢献する大学として、アジア太平洋島嶼域での教育・研究とその成果を地域に還元する活動を重視すると、第二・第三中期目標にうたっています。
鹿児島県奄美群島は生物と文化の多様性が非常に高い地域で、2年後に世界自然遺産を目指している地域です。このような背景の中、平成27年度に奄美大島に本センターの分室を設置しました。この奄美分室の施設は奄美市より提供していただいたものです。また、奄美群島の中の市町村が作る奄美群島広域事務組合と鹿児島大学は平成26年度に包括連携協定を結びました。これにより2つの組織が連携を取り、様々な活動を地域と協力して活動する体制を作りました。
平成27年度(平成31年度まで)には文科省特別経費概算要求「薩南諸島における生物多様性の維持機構解明と拠点形成」が採択され、約50名の研究者が生物多様性の研究をするとともに、その成果を用いて地域貢献を行っています。この活動では、本センターを中心に、本学教員、地域の高校、教育委員会、地元の研究者などが協力し観察会や研究会なども行っています。
最後に、前述したように、私は代表者であって今回の受賞に関する活動には多くの人に関与していただいています。本センターの専任教員の高宮教授、大塚准教授、山本准教授、そして、奄美分室に常駐する藤井特任助教、鈴木プロジェクト研究員はこの活動の主体となってくれました。また、鹿児島大学前田学長をはじめとする執行部の方々、文科省特別経費概算要求の代表者である鈴木英治教授をはじめ参加している約50名の本学研究者、現在まで奄美群島を対象に活動を行なってきた本学教員、そして奄美広域事務組合、奄美市、地域の方々の活動の総合した成果です。これらの方々に心からお礼を申し上げます。本センターとしては、今後も本賞に恥じないように、活動を行っていきたいと思います。ありがとうございました。