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第7回地域研究コンソーシアム賞審査結果および講評

第7回(2017年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の受賞対象作品ならびに受賞対象活動について同賞審査委員会の審議結果を発表します。

今回の募集に対して、研究作品賞6件、登竜賞9件、研究企画賞1件、社会連携賞1件の作品あるいは活動の推薦がありました。本審査委員会で慎重に審議した結果、研究作品賞、登竜賞、社会連携賞について、以下の作品あるいは活動を受賞対象として選出しました。また、研究企画賞については該当なしとしました。

【研究作品賞授賞作品】
雲和広氏
Tatiana Karabchuk, Kazuhiro Kumo, and Ekaterina Selezneva著
Demography of Russia: From the Past to the Present (Studies in Economic Transition)
Palgrave Macmillan


【登竜賞授賞作品】
長田紀之著
胎動する国境―英領ビルマの移民問題と都市統治
山川出版社


【研究企画賞授賞活動】
該当なし


【社会連携賞授賞活動】
NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク、東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門(代表者 荒武賢一朗)
歴史資料保全活動と地域社会との連携

  

研究作品賞は、地域や国境、そして学問領域などの既存の枠を越える研究成果を対象とするもので、作品の完成度を評価基準としています。登竜賞も研究作品賞と同様の趣旨ですが、研究経歴の比較的短い方を対象としていますので、作品の完成度に加えて斬新な指向性や豊かなアイディアを重視して評価しました。研究企画賞は、地域研究に関連するシンポジウムの開催や研究プロジェクトの遂行などの企画を対象としたもので、今後の地域研究の動向に与えるインパクトの大きさを評価基準としましたが、先に述べたように今回は残念ながら該当活動なしと判断しました。社会連携賞は、狭義の学術研究の枠を越えた社会との連携活動実績を対象とし、地域研究の発展の新たな方向性の提示という観点から評価しました。

今年度から審査方法が変更になっています。地域研究コンソーシアムの運営全体を効率化、簡素化するための改革の一環です。審査方法は、従前は、運営委員会による一次審査、専門委員による二次審査からなり、最終的には専門委員によって構成される地域研究コンソーシアム賞審査委員会が選出していました。これに対して今年度から、理事会が地域研究コンソーシアム賞審査委員会を兼ねることになりました。運営委員会が担う一次審査による審査対象作品および活動の絞り込みは従前のままですが、専門委員からは、一次審査で絞り込んだ作品あるいは活動に対する評価を書面で回答していただきました。今年度の専門委員は、研究作品賞については帯谷知可氏、川島真氏、林忠行氏、登竜賞については木畑洋一氏、宮原曉氏、森山工氏、研究企画賞と社会連携賞については臼杵陽氏、清水展氏、竹中千春氏にお願いしました。そして、一次審査の結果および専門委員の評価を踏まえて、地域研究コンソーシアム賞審査委員会(理事会)において審査しました。この場を借りて、審査に関わってくださったみなさま、とりわけ専門委員諸氏に感謝申し上げます。なお、一次審査によって絞り込まれ専門委員による評価の対象となって作品および活動は、研究作品賞2件、登竜賞3件、研究企画賞1件、社会連携賞1件でした。

受賞された3氏には、委員会を代表して心からの祝意をお伝えします。以下は、各章の受賞理由ならびに受賞作品・活動に対する講評です。


研究作品賞:
Tatiana Karabchuk, Kazuhiro Kumo, and Ekaterina Selezneva. Demography of Russia: From the Past to the Present (Studies in Economic Transition). Palgrave Macmillan. 2016.

本書の著者である雲氏は、長年にわたり旧ソ連・ロシアの人口動態や人口移動に関する研究を積み重ねてきたが、今回の作品はその集大成の一つとも言えるものである。ドイツおよびアラブ首長国連邦の研究者との国際共同研究により、帝政ロシア末期から現在のロシア連邦に至るロシアの人口発展を、長期的な人口成長・人口政策、婚姻パターンや出生確率、死亡率、そして地域間人口移動といった多面的なデータを利用しながら、また人口学、経済学、社会学と多面的な方法を用いて分析することを試みた作品である。ただ国際的な共同研究ではあるが、実際には雲氏が全9章のうち、序章と終章を含む5章(ページ数にして326ページ中169ページ)を執筆していることから、本書の作成においては雲氏の役割が大きいことが想定される。 本書の執筆に際して雲氏は第1章において、まず帝政末期以来のロシアの人口動態、特にその増減の波を簡単に整理した上で、ソ連崩壊後の現在の人口動態は単にソ連崩壊などの短期的な要因で生じているものではなく、歴史的要因も強く影響を与えていることを指摘し、そこからロシアの人口動態を分析するために、(1)膨大な数の先行研究、並びにソ連崩壊後アクセス可能となったものの未だにほとんど分析がなされていないロシア国立経済文書館の旧秘匿文書、(2)1994年以降継続的に利用可能となったロシア連邦の家計調査マイクロデータ、そして(3)ロシア連邦統計局から提供されたデータを包括的に利用したことを整理している。また主に扱う領域としては、ロシアにおける人口統計の発展、ソ連・ロシアにおける出生率と家族をめぐる人口政策、結婚と離婚、死亡率の低下、第2子以降を産む可能性およびそれをもたらす要因、地域間移動に伴う人口分布の変化をあげていて、これがそれぞれ本書の各章となっている(ちなみに雲氏はこのうち統計、死亡率の変化、および地域間移動の3つの章を担当している)。そしてこれらの章を通して、20世紀の人口動態が十分に理解されていないために人口減少がロシア崩壊という短期的な要因で説明されてしまっていることや、人口減少に対して旧ソ連の末期および現在のロシアはこれに対処する政策を実施していること、女性の雇用の安定が子供を産むインセンティヴと結びついていること、経済の不振に伴うアルコール消費の増加が死亡率と結びついていること、あるいはロシアの経済成長がロシアのヨーロッパ側、特にモスクワへの人口集中をもたらしていることなど、現在のロシアの人口動態とその背景となる歴史的要因とが、さまざまな形で明らかにされている。 本書に関しては、専門委員からも「編者の問題意識が作品全体に貫かれ、人口学という範囲を超えて、経済学、社会学、医学、ジェンダー学等の研究成果を取り込み、政府の人口政策の分析をも行い、政策提言へと踏み込んでいる。先行研究に関するサーヴェイも周到である」、あるいは「本書の特筆すべき点は以下の三点に求められる。第一に人口統計に基づくデータ分析とそれによる客観性、第二に幅広い時間軸に基づく地域社会変容、第三に様々な切り口からの分析に基づく構造解明である」といった形で、高い評価が与えられた。ただし、統計ベースの分析が中心で、フィールドワークが行われていないという点については専門委員の間でも見解の違いがあり、一方では「フィールド調査を柱とする地域研究とは異なるが、これもまた地域研究のお手本といえる」という高い評価があった一方で、「統計の分析であり、地域の固有性、地域の視点を重視する地域研究における授賞対象としては疑問が残る」という意見も提示され、この点については審査員の間で議論がなされたことを付記しておく。

登竜賞:
長田紀之著 『胎動する国境―英領ビルマの移民問題と都市統治』 (山川出版社. 2016)

 本書は、19世紀末から20世紀初頭にかけての、イギリス植民地期のビルマ(ミャンマー。当時は英領インドの地方行政体であるビルマ州であった)を扱い、植民地行政権力の統治的関心が最も集中する場所であった都市ラングーン(ヤンゴン)においてこそ、ビルマの内外を区別し、国家的な領域性を想像させる境界が形成されたということを、主に広範な植民地行政文書を渉猟、活用することにより、説得的に論じている。具体的には、治安維持、公衆衛生、都市計画の三つの行政分野を取り上げ、政庁の移民管理制度の構築過程と実践上に生じた問題群の検討を行いながら、かかる政庁の方策と相まって、境界が徐々に実体化する過程を析出している。豊富な史料に基づいて綿密な分析が随所でなされた手堅い業績であり、時に煩瑣なデータを示しながらも、読者を飽きさせない構成力と筆力が認められる好著である。  本書はビルマを対象とした地域研究の成果としてまとめられたものであり、叙述の大半は都市ラングーンの詳細な分析にあてられている。しかし、当該地域を単に東南アジアの一隅の事例にとどめず、東南アジアと南アジア、さらに東アジアとのあいだに位置するフロンティアとしてとらえ、広域をおさめる視野においてビルマの近代国家形成を構想している。たとえば、同じくイギリスが支配したマレー半島の海峡植民地に華人統制の範を垂れるといった越境的な制度移転や、ラングーンを結節点とする国際的な都市ネットワーク上を往来する多様な出自をもつ人々の移動に注目する。そうして、本書は東南アジア研究あるいは南アジア研究と言うように、今日の便宜的「境界」により分断された既存の地域研究を架橋する内容を有しており、向後の研究の豊かな発展を予感させるものである。その規約において、「国家や地域を横断する学際的な地域研究を推進する」ことを謳う、地域研究コンソーシアムの登竜賞に相応しい作品であると言えよう。  著者の議論を通じて提示される、植民地期都市社会の言論のなかから生まれた「土着人種」概念が、独立後のビルマ国家を規定する基本的な枠組みをなしているという見通しは極めて重要であろう。著者が控えめに触れているロヒンギャ―問題の核心に触れうる論点が本書には含まれていると考えられる。このように、テーマの通時的な広がりが見通せる点に、本書のもうひとつの価値がある。 但し、植民地政庁が支配統制の対象とした人々について、ビルマへ赴任したイギリス人行政官たちの念頭に「すでに通念として形成されていた」ビルマ人とインド人、さらには華人の「ステレオタイプ」(103頁)を免れた人間性の実相を、本書から窺がうことは殆どできない。彼らの声をくみ取り、議論を肉付けするためには、さらに多様な史料の開拓が必要であろう。今後の課題として、著者自身が示唆する比較研究の方向のみならず、ビルマ史研究としての一層の深化も望まれるところである。

研究企画賞:該当なし

社会連携賞:
NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク及び東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門による歴史資料保全活動と地域社会との連携

http://www.miyagi-shiryounet.org/

http://uehiro-tohoku.net/index.html

社会連携賞を受賞することになったNPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク及び東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門(以下、宮城歴史資料保全ネットワーク等)は、災害に対応し地域社会に貢献する歴史学の新しい可能性を切り開くとともに、その実践的活動を通して災害復興において必要とされる地域社会のレジリアンスの強化に貢献してきた。  日本は世界に屈指の歴史文書大国である。それは数千万点と考えられる近世・近代文書が個人の所蔵物として保管されているからである。阪神淡路大震災以降、震災で個人宅に保管されていた歴史文書が破棄されることが顕在化し、近世史研究者を中心にその所蔵調査とデジタル化を進めることが始まった。  受賞した団体の一つNPO法人宮城歴史資料保全ネットワークもそうした流れのなかで2003年の宮城県北部地震を契機に設立された。その後2011年に東日本大震災が発生し、地震・津波の災害のなかで、それまでにない膨大な量の歴史資料をレスキューする活動が始まった。東日本大震災後の2012年に東北大学東北アジア研究センターに、上廣倫理財団より寄附部門の上廣歴史資料学研究部門が立ち上がった。その設立目的の一つはこの文書レスキュー活動の支援であった。本部門は、文書のレスキューに加えて、歴史資料の価値を理解し、それを活用するための人材育成事業等を、地域社会において実施してきた。  上廣歴史資料学研究部門の活動は、歴史資料の価値を研究者が独占するのではなく、社会に開かれたかたちで共有する試みである。実際、東日本大震災後の被災社会は、コミュニティそのものが離散し、元の場所に戻ることが許されなかったり、許可されても時間的な経過のなかで、避難先で生計を立てざるを得なかったりする状況が発生している。こうした中で地域社会の歴史や文化を基軸にした地域的アイデンティティは、復興において重要な役割が求められてきた。  この点に関して、宮城歴史資料保全ネットワーク等の活動は、他の諸団体や学術団体にはない社会貢献をしている。特に、歴史文書の学術的・文化的・社会的役割についての講演会活動、シンポジウム、展示などを実施した。また古文書講座を定期的に開催し、地域社会のなかで歴史文書を読み込み、それを活用できる人材の育成に貢献した。2012年以来、そうした活動は蓄積されており、数千人という膨大な数の人々に対して情報提供そして知識の共有を行ったことになる。またこれらの活動に際しては、宮城県及びその市町村下の教育委員会、東北大学の文学研究科及び災害科学国際研究所の研究者・学生も巻き込んで実施されており、大学・行政・地域の連携を構築した活動となっている。  これらは地域研究がどのように社会と積極的に関わるべきか、そして災害対応の文脈において地域研究が可能な社会貢献のあり方を独自の形で示しているといえる。またその実践的活動は、東日本大震災の復興に貢献していることもいうまでもない。これらの点を鑑みて、同活動は、社会連携賞の受賞対象としてふさわしいものとして判断された。


2017年10月11日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:河野泰之
委員:阿部健一、飯島明子、飯塚正人、金子芳樹、川中豪
韓敏、仙石学、高倉浩樹、高橋五郎、寺田勇文、宮崎恒二


受賞者紹介

雲 和広(くも かずひろ)

一橋大学経済研究所教授.専門はロシア経済論,ソ連並びにロシアの人口論・経済地理および地域経済論.大阪外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業,京都大学大学院経済学研究科博士課程修了,博士(経済学).1999年香川大学経済学部専任講師・翌年同助教授,2004年一橋大学経済研究所助教授,2012年より現職.2016年より2年間一橋大学評議員.ロシアの地域経済・人口動態の地域パネルデータ分析・ミクロ計量分析に加え,ロシア極東や極北の地域経済や人口現象等を対象とした事例研究も行う.


長田 紀之(おさだ のりゆき)

日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員。博士(文学)。専門は東南アジア地域研究、歴史学。とくにミャンマー(ビルマ)の近現代都市史に取り組んでいる。東京大学文学部卒業、同大学大学院人文社会系研究科修士課程、同博士課程修了。慶應義塾大学、東京外国語大学などでの非常勤講師をへて、2015年より現職。職務としてはミャンマーの現状分析を担当。歴史学の知見と現状分析とをどのように結びつけられるかを日々考えている。    


荒武 賢一朗(あらたけ けんいちろう)




東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門准教授、NPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク事務局(広報担当)。博士(文学)。関西大学大学院文学研究科博士後期課程修了。歴史学(日本史)専攻。2012年から宮城県などで歴史資料保全活動を進め、学生や市民、海外の日本学研究者を対象にした古文書講座をおこなう。著作には『屎尿から近世社会―大坂地域の農村と都市―』(清文堂出版、2015年)、『日本史学のフロンティア』(全2巻、共編著、法政大学出版局、2015年)などがある。






受賞者からの一言

◆雲 和広氏

今回授賞戴いた書籍Demography of Russia: From the Past to the Present (Palgrave Macmillan, London, 2017, co-authored with T. Karabchuk and E. Selezneva) は,書籍としては私がこの10年程の間に『ロシアの人口問題-人が減りつづける社会-』(単著,東洋書店,2011年)及び『ロシア人口の歴史と現在』(単著,岩波書店,2014年)と進めてきた内容に引き続き,かつ2014年より研究代表者として従事している科学研究費助成事業基盤研究(A)「ロシアにおける人口動態の研究:ミクロ分析による総合的把握」による成果の集大成と見なす事が出来るもので,積み重ねてきた研究に対して高い評価を戴けた事を大変嬉しく存じます. 個人の行動をどこまで政府が操作可能であるのか・否不可能ではないのか,という疑問が,私がそもそも大学院生時代,かつての社会主義経済における地域間人口移動や産業立地パターンを研究対象としたきっかけでありました.そのさらに根源的な行動であるところの人口動態すなわち出生の意志決定と死亡の規定要因の分析,そして以前行ったもののデータ制約によってある程度以上の進展を図る事が出来なかった地域間移動決定要因の分析の精緻化を行ったのが本書です. 本書は,その半分強を私が執筆したものの3人による共著で,共著者とは2010年から2011年にかけて知遇を得たのですが,彼女達は或いはドイツの研究所で働く・或いはアラブ首長国連邦大学で働くロシア人研究者であり,そして日本で働く日本人の私,という3名によるものです.ロシア人研究者と日本人研究者とが,自然科学ではなく社会科学の分野においてこのような協業を行う事が可能になった事も,そしてその2人のロシア人研究者が2人とも母国外で働いているという事も,時代を如実に映していると言えるかも知れません. 研究対象地域としての旧ソ連は,かつてはそのデータを得る事の困難さで知られていました.しかしながらソ連崩壊ののちには大規模ミクロデータ個票やミクロヒストリー,秘匿されていた文書館データはもとより統計局の内部資料すら特定の手段を用いれば可能となっています.我が国で,このように新たに獲得し得るようになったデータを用いてロシアの人口問題を取り扱った書籍は以前の拙著『ロシア人口の歴史と現在』のみですが,また英文でも,ソ連崩壊後の人口動態に着目して議論を進めた書籍は我々のものが初めてであるものと自負しています.データ獲得可能性が飛躍的に向上した事,人と人とが国境の垣根を越えるのが容易になった事の賜物であり,また欧米での出版の困難が小さくなった事の恩恵も得たものでありましょう. 我が国に拠点を置くロシア・東欧等の移行経済分析を旨とする研究者によるPalgrave Macmillanからの著書刊行は,私の所属機関の同僚である岩﨑一郎教授に続くものですが,私にとって岩﨑教授という先達のあった事が大変な励みになりました.また本書の仕事により,2017年9月にロシア科学アカデミー極東支部経済研究所から名誉教授Honorary Professorの称号を戴くという評価を得たのも大変有り難い事でした.本書が,日本人が主導して行う国際共同研究としての地域研究の一つの形を示す事が出来るとすれば,望外の喜びに存じます. 私の所属している組織は一橋大学「経済研究所」であり,地域研究に従事している研究機関とは一般には見なされないでしょう.そしてまた実際に私が論文を掲載する学術誌も,経済学分野のものがほとんどです.そのような外見的な条件に拘らず,今回のような評価を下さいました審査委員会の皆様に深く御礼申し上げます.この度は有り難うございました.


◆長田 紀之氏

このたびは地域研究コンソーシアム賞登龍賞という素晴らしい賞をいただき、まことにありがとうございます。審査の過程で拙著を丁寧に読んでくださった委員の皆さまに、心より御礼申し上げます。 受賞作となった拙著『胎動する国境―英領ビルマの移民問題と都市統治』は、19世紀後半から20世紀前半にかけての時期に、移民の出入りの激しさに特徴を見出せる植民地都市ラングーン(ヤンゴン)において、近代国家・境界・都市空間が三つ巴でうまれてくる過程を描き出そうとしたものです。別の言葉で述べれば、さまざまなレベルでの地域編成の動態を書きたかったということにもなると思います。 より狭いスコープでみれば、都市空間の物理的な生成と拡張の歴史を、具体的な街路や地区ごとの個性に着目して書きたかったですし、より広いスコープでみれば、英領インドの一部として出発したビルマ(ミャンマー)の近代的領域が、インドとは別個の国家のそれとして資格づけられていく過程に関心がありました。 また、行政的な区分を越えて広がるひとびとの社会関係の連なりも重要そうに思えました。たとえば、中国西南部から陸路南下する雲南華人のネットワークと、南シナ海から海路のびてくる福建・広東系華人のネットワークは、植民地ビルマで接続します。他方で、インド亜大陸から海外へのインド人労働者の増大は、インド洋海域に新たな局面をもたらします。インド洋西南端の南アフリカでのガンディーの運動に触発されて、北西端のビルマでもインド人エリートによる移民の権利向上運動が起こりました。こうした広域のネットワークがつくりだす無定形の地域も、国家的な領域が前面にでてくるなかで変容していきます。 この研究を進めるにあたって、つねに念頭にあったのは、こうしたさまざまな地域の重層と複合でした。それらが近代的再編を遂げてゆく「なりゆき」が、どのような矛盾や葛藤をふくんだものであり、以後の歴史的展開にどのような「しがらみ」を残したのか、このことを力の及ぶ限りで描こうと思いました。20代と30代の多くの時間を、この課題に取り組むことで過ごしてきましたので、今回こうして地域研究コンソーシアムから賞をいただけたことは大変光栄です。この間、わたしの人生をさまざまなかたちで支えてきてくださった先生方、友人たち、そして家族に改めて心から感謝いたします。 しかし、いま出版から約1年がすぎ、振り返ってみますと、能力に比していささか野心的な試みであったこと、そのために至らない点が多いことが強く自覚されます。とくに、講評にありました「人間性の実相がみえない」というご批判は真剣に受け止めなければなりません。受賞を励みに、今後も、地域に対する洞察を深めるべく、努力を重ねて参りたいと思います。


◆荒武 賢一朗氏

 第7回地域研究コンソーシアム賞の社会連携賞をいただきました荒武賢一朗と申します。さまざまな分野で活躍されている歴代受賞者の皆様方と同じ栄えある賞を賜り、大変光栄に思っております。審査の労をおとりくださった地域研究コンソーシアムの皆様方に厚く御礼を申し上げます。  今回評価をいただきましたNPO法人宮城歴史資料保全ネットワーク(通称・宮城資料ネット)と東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門(通称・上廣部門)が展開している歴史資料保全活動は、地域のなかに伝わってきた歴史資料を未来へとつなぐ役割を担い、研究者と市民が連携してさまざまな調査・研究を進めています。私たちが保全活動をおこなう契機となったのは災害への対応でした。宮城資料ネットは2003年の宮城県北部地震をきっかけに、仙台在住の歴史研究者たちを中心として被災地域における資料の所在調査や救出、さらには良好な保存を目指しながらデジタル化を推進してきました。その後も2008年の岩手・宮城内陸地震、そして2011年に東日本大震災が発生し、厳しい状況のなかで宮城資料ネットは歴史資料のレスキューを継続して実施したのです。2012年には公益財団法人上廣倫理財団の支援を受けて、東北大学東北アジア研究センターに「上廣歴史資料学研究部門」が設置されました。それ以降、宮城資料ネットと上廣部門は、宮城県および岩手県で被災地を含む歴史資料の保全と活用を実践し、現在に至っています。  私たちの活動は歴史研究者だけで運営されるものではなく、先祖代々の「古文書」を守ってこられた所蔵者、各地の教育委員会や博物館・歴史資料館の方々、そして地域の歴史・文化を学ぼうとされる市民の皆様とともに成り立っています。レスキューには、膨大な人手と時間を要しますが、学生や私たちと一緒に泥だらけになりながら一所懸命に作業をしてくださる市民ボランティアの力はとても大きな存在です。ここに参加する人々の結集が「歴史資料を後世に残す」という重要な成果を生んでいます。  保全活動と並んで取り組んでいるのは、歴史文書の活用です。いわゆる「古文書」を地域社会のなかで活用し、そして学ぶことを推進しています。たとえば、ある地域に伝来した歴史資料を救出し、私たちが調査したものを、地元の有志とともに結成した古文書サークルで熟読する。その成果は、歴史講演会やシンポジウム、展覧会などで紹介しています。このような歴史資料によって切り拓かれた研究者と地域社会の連携をさらに深めていくことが私たちの使命だと感じています。