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第1回地域研究コンソーシアム賞 審査結果および講評

審査結果および講評

今年度、新たに設けられた地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞作品ならびに授賞活動について同賞審査委員会の審議結果を発表する。
今回は、研究作品賞、登竜賞、社会連携賞の3部門で審査を行った。各委員の活発な議論と慎重な審議の結果、それぞれの部門について以下の作品あるいは活動を授賞対象として選出した。

◆研究作品賞授賞作品
 堀江典生編著『現代中央アジア・ロシア移民論』(ミネルヴァ書房)

◆登竜賞授賞作品
 王柳蘭著『越境を生きる雲南系ムスリム-北タイにおける共生とネットワーク』(昭和堂)

◆社会連携賞授賞活動
 石井正子氏の「緊急人道支援と地域研究の人材交流支援」活動

受賞された3氏には、委員会を代表して心からの祝意をお伝えしたい。以下は、各賞の授賞理由ならびに授賞作品・活動に対する講評である。


研究作品賞:堀江典生編『現代中央アジア・ロシア移民論』(ミネルヴァ書房)

本書は、「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」の採択プロジェクトで行った国際シンポジウムをもとにまとめられた論文集である。かつてソ連に属し、現在では6つの国家となった中央アジアとロシアにおける移民問題を軸に、この地域の冷戦崩壊後の変貌を描くとともに、安全保障問題など今後の展開が期待される新たな課題を提示している。共同研究の企画、実施にあたってはさまざまな困難があったものと推測されるが、労働移民に密着したアプローチによってロシアが抱える移民問題の重要性と深刻さを浮き彫りにするとともに、ロシアならびに中央アジアの移民問題を包括的に取りあげることによってこの地域の移民問題への関心を喚起することに成功している。地域研究、経済学、人口学、社会学、安全保障学等の専門家と国際機関の実務家からなる国際的共同による新たな地域研究のスタイルを切り拓く好事例として研究作品賞にふさわしい作品との評価をえた。

一国研究にとどまらず、国境を越える人の移動がもたらす社会・文化の側面に立ち入った多様な分析が試みられており、中央アジアの研究展開に今後の指針を与える挑戦的な作品として評価する意見が多くあった。その一方で、作品の完成度に関するいくつかの指摘があったことにもふれておきたい。本書の執筆にはロシア、カザフスタン、韓国などの外国人研究者が多数参加しており、その翻訳者も多数にのぼる。編者はそのことから起因する編集上の苦労と工夫を披瀝しているが、なお翻訳の妥当性を指摘する意見があった。また、これに関連して、日本語ではなく現地語(ロシア語)で是非出版すべきという意見も出された。付録として採録されたモスクワ在住の中央アジア移民の証言について、個人情報への配慮などが必要ではないかとの指摘、あるいは本書全体をとりまとめる「最後の1章」がほしかったという意見など、本書の構成にかかわる指摘があったこともこの機会に紹介しておきたい。

以上のような指摘があったものの、挑戦的で意欲的な研究企画と国際的な研究実践により生み出された地域研究の優れた作品としての価値を揺るがせるものではなく、研究作品賞を授与するに相応しい作品である。


登竜賞:王柳蘭『越境を生きる雲南系ムスリム-北タイにおける共生とネットワーク』(昭和堂)

本書は、これまで実証的研究が乏しかった中国雲南省と北タイを往来する雲南系ムスリムの移住と定住の歴史をとりあげて、人の移動が生みだす地域変動を広域的な地域空間の再編成として描きだした労作である。雲南系漢人移住史の重層性、雲南系ムスリムによる交易と移住戦略、国民国家形成のもとでのホスト社会への適応、イスラーム・ネットワークと華人ネットワークを通じた新たな活動領域の拡大など、移民としてのアイデンティティを保持しつつホスト社会での共生の道をたどっていった雲南系ムスリム社会を、長期かつ広域にわたるフィールドワークによって詳細に描きだした点が高く評価された。

例えば徹底した歴史学的手法によるアプローチ、集団・個人に密着した人類学的アプローチ、あるいは境界をめぐる国家と移民という視角からの政治学的アプローチなど、一つのディシプリン研究としても本書で取りあげたようなテーマに迫ることが可能であろう。しかし、あえてその方法をとらずに、諸学の跨境を試みることによって学際的な作品として地域とそこに暮らす人びとを立体的に描きだすのに成功したことは本書の大きな魅力であった。

登竜賞の第二次審査の過程で最終的な絞り込みの対象となったどの候補作品も、著者たちが長期のフィールドワークを通じて築いていった、人びととの深い信頼関係を基礎にまとめられた作品であった。そして、著者らの専門分野に深く根ざした洞察と考察を含むものでもあった。いずれも甲乙つけがたい出来映えであったが、本書を最終的に授賞候補とした大きなポイントは、この作品からうかがえる、多元的かつ複層的なさまざまな「境界」を往還しようとする挑戦が登竜賞を授与するにふさわしいとの意見が多くを占めたからである。本書は北タイおよび雲南省でのフィールドワークによって得られた成果であるが、雲南系ムスリムがつくる地域空間のダイナミズムを明らかにするためには、ミャンマーのシャン州やラオス北部での調査も必要となろう。今後は、こうした隣接地域でも調査が進むことを期待したい。また、「ミクロ・リージョン」という概念の精緻化を含め、本書で掲げられた今後に残された課題に果敢に挑戦することによって、本賞の授与という期待にこたえていってほしい。


社会連携賞:石井正子氏の「緊急人道支援と地域研究の人材交流支援」活動

地域研究コンソーシアムでは、その設立当初から地域研究者あるいは地域研究組織の社会連携の推進が活動の重要な部分を占めており、こうした活動を一層強化し、その重要性を研究者コミュニティにもさらに理解していただこうという趣旨で本賞が設置された。

本賞への応募件数はコンソーシアム部会長の報告のとおり石井正子氏の活動に関する1件のみであったが、審査委員会は推薦内容および石井氏の活動実績にもとづいて本賞の授与に相応しい活動として授賞対象とすることとした。

石井正子氏は、大規模自然災害の被災地や地域紛争地域に対する緊急支援や復興支援など、国際支援への地域研究者・組織の協力・連携の必要性を早くから唱えており、また、実際に地域研究者として人道支援団体の活動に参加し、研究と実務を結ぶ活動を積極的に行ってきた。とくにジャパン・プラットフォームと地域研究コンソーシアムのあいだの協力関係の確立は石井氏の働きによって実現したもので、スマトラ島沖地震・津波被害の初動調査、スーダン南部での人道支援など、2007年以来、これまで6件7名の人材交流支援を実現するという実績をあげている。この交流支援を通じて海外での災害発生時における人道支援団体と地域研究者との協力関係の一つのあり方を示した点が高く評価された。現に、この成果は、ジャパン・プラットフォームが地域研究コンソーシアムを通じて支援事業に対する地域研究者の協力を求めるようになったことにも現れており、研究者コミュニティと実務に従事する諸団体との双方を繋ぐ基礎を作ったことの意義は大きい。

また、石井氏の仲介によって地域研究者と人道支援の実務者が出会い、その後も継続的に合同の研究会を開催したり学会パネルを企画したりするなどの協力・連携関係の広がりが見られる。これらの研究会や集会を通じて、自然災害や地域紛争の影響を受けた地域への支援や復興への関与が新たな地域理解のアプローチとなりうることも地域研究者のあいだで認識されるようになっており、地域研究における新領域を拓くパイオニアとしても本賞を授与するに相応しいとの意見が多く出された。なお、本賞の授賞対象として推薦された活動は、石井氏個人の活動としてだけではなく地域研究コンソーシアム社会連携部会の活動として実施されたものも含まれるが、本賞によって顕彰すべき個人や団体が今後たくさん輩出することを期待して、部会活動の先導役となった石井氏を顕彰することとした。

2011年11月5日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:田中耕司
委員:家田修・片倉もとこ・中村安秀・毛里和子

受賞者紹介

堀江典生(ほりえ のりお)

京都市生まれ。東北大学東北アジア研究センター,富山大学経済学部を経て、2001年富山大学極東地域研究センター設立に伴い同センターに勤務。現在,同センター教授。ロシアを中心に労働市場研究、中ロ国境地域経済交流、中央アジアからの外国人労働者の諸問題に関する研究を行っている。著書に、受賞作のほか、共編著『中ロ経済論:国境地域から見る北東アジアの新展開』(ミネルヴァ書房:2010年)などがある。

王 柳蘭(おう りゅうらん・Wang Liulan)

京都大学地域研究統合情報センター・日本学術振興会特別研究員RPD。神戸市生まれ。1994年神戸女学院大学文学部英文学科卒業。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程退学。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教をへて、2009年4月から現職。人間・環境学博士(京都大学)。専門分野:中国・東南アジア地域の回民(ムスリム)・漢人をめぐる越境とコミュニティの生成・宗教実践と文化の継承に関する人類学、地域研究。

石井正子(いしい まさこ)

大阪大学大学院人間科学研究科准教授。専門は東南アジア研究。2009年4月よりジャパン・プラットフォーム(JPF)の常任委員をつとめる。2004年から2010年までJCAS社会連携研究会および部会のメンバーをつとめ、緊急人道支援を行う国際協力団体に地域研究者を紹介する活動などを行った。現在、JPFの常任委員をつとめながら、人道支援と地域研究をどのように制度的につなげることができるか模索している。


募集要項(2011年度)

第1回地域研究コンソーシアム賞募集要項