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第8回(2018年度)地域研究コンソーシアム賞審査結果および講評

 第8回(2018年度)地域研究コンソーシアム賞(JCAS賞)の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について下記の通り、審議結果を発表します。

 研究作品賞は、地域や国境、そして学問領域などの既存の枠を越える研究成果を対象とするもので、作品の完成度を評価基準としています。登竜賞も研究作品賞と同様の趣旨ですが、研究経歴の比較的短い方を対象としていますので、作品の完成度に加えて斬新な指向性や豊かなアイディアを重視して評価しました。社会連携賞は、狭義の学術研究の枠を越えた社会との連携活動実績を対象としていますが、今回は残念ながら応募がありませんでした。
 これに対して昨年度から、審査方法に変更があり、理事会が地域研究コンソーシアム賞審査委員会を兼ねることになりました。運営委員会が担う一次審査による審査対象作品および活動の絞り込みは従前のままですが、専門委員からは、一次審査で絞り込んだ作品あるいは活動に対する評価を書面で回答していただきました。今年度の専門委員は、研究作品賞については井上貴子氏、武内進一氏、早瀬晋三氏、登竜賞については磯崎典代氏、浦部浩之氏、芹澤知広氏にお願いしました。そして、一次審査の結果および専門委員の評価を踏まえて、地域研究コンソーシアム賞審査委員会(理事会)において審査しました。この場を借りて、審査に関わってくださったみなさま、とりわけ専門委員諸氏に感謝申し上げます。なお、今回の募集に対して、研究作品賞候補作品4件、登竜賞候補作品6件の推薦があり、一次審査によって絞り込まれ専門委員による評価の対象となった作品および活動は、研究作品賞4件、登竜賞2件でした。
 受賞された皆様には、委員会を代表して心からのお祝いを申し上げます。


【研究作品賞】

代表者名:湖中真哉
湖中真哉・太田至・孫暁剛(編)『地域研究からみた人道支援――アフリカ遊牧民の現場から問い直す』
(昭和堂、2018年)

 本書は、世界再貧困地帯である東アフリカ遊牧社会を対象として、地域研究からみた新しい人道支援の在り方を追求した作品である。人道支援に対する地域研究の関わり方を提起していることが高く評価され、研究作品賞の授賞対象となった。
 飢餓や紛争、テロなどの危機にさらされてきた人々に対して行われてきた人道支援の現場で、何が起こっており、そして何が求められているか、地域研究者と実務家が協働し、現状を報告すると共に、人道支援のあり方の転換を迫っているのが本書である。
 日本の地域研究は、東南アジア等において災害の際の復興支援などに関わってきたが、多くの問題をいわば構造的に抱えてきたアフリカについては、あまり取組はなされてこなかった。本書のもととなる研究プロジェクトは、アフリカ研究者が研究や知見の蓄積と現地との関係をどのように支援に結びつけられるか、その可能性を示す嚆矢となっている。
 これまで人道性は普遍的な概念とされ、人道支援もまた、一定の基準に沿って一律に行われてきた。そして、そのことについては、あまり疑問を挟む余地がないと考えられてきた。しかし、人道性はあくまで西洋社会における概念であり、支援の対象となる人々はきわめて多様で、しばしばその概念は彼らのものでない。支援を受ける人々はそれぞれのコンテキストの中で支援に対応しているのである。地域や文化・社会の多様性を前提に、支援のあり方を考え、実行することが重要だと、本書は提案している。
 のべ16名の執筆者は、人類学、経済学、教育学等を背景とするアフリカ地域研究者であり、現場で支援に携わる実務家が参加している。第Ⅰ部では、食料・物資・医療・教育という基本的な領域における人道支援の現場について触れられており、第Ⅱ部では、問題を掘り下げ、政治的・文化的・社会的文脈から人道支援について論じている。著者たちは、グローバルなものとローカルなものの関係について考えるために、両者の中間に位置する接合領域を措定する接合領域接近法を提案している。この方法により注目されるのは、固定化された伝統としてのローカルではなく、グローバルへの対応としてのローカルである。本書では、支援物資として受け取った食料を一カ所に集め、独自の方法で配分するケニアの遊牧民の例が挙げられているが、支援する側の意図とは別に、受ける側は自らの論理に沿って行動するのである。
 本書は、地域を長期間に渡って観察し、対象となる人々と生活を共にする地域研究の立場から、普遍性、均一性に支配される人道支援の盲点をつき、地域と世界の関係を重視する新しい人道支援のあり方、そして地域研究のあり方を提起した書として高く評価される。執筆者が多様であるため、個々の論文のばらつきは否めないが、地域研究の進むべき一つの方向性を示した取組としてきわめて有意義であり、地域研究コンソーシアム研究作品賞に値する。


【登竜賞】
高橋沙奈美『ソヴィエト・ロシアの聖なる景観――社会主義体制下の宗教文化財、ツーリズム、ナショナリズム』(北海道大学出版会、2018年)

 本書は、後期社会主義時代(1953~85年)のソヴィエト・ロシアにおいて宗教文化財が表象した空間、すなわち「聖なる景観」について論じている。ソ連解体後のロシア地域研究において宗教研究は極めて重要な研究分野のひとつとなったなかで、宗教から切り離された宗教文化財を、ソ連内外のツーリズムとロシア・ナショナリズムに関係づけて実証的に論じた優れた研究である。
 本書は、第一に、日・英・露語の文献・資料を渉猟することで、国際的な研究動向を踏まえ、ソ連時代の宗教が宗教組織や信者集団、それらを主要な対象とした宗教政策に限定されるものではないことを前提とする。その上で、愛国主義やツーリズムなどのイデオロギーや消費文化と結びついた宗教文化財が、広範な人びとを動員可能にする重要な文化資源となっていたことを明らかにした。これはロシアの宗教研究および文化史研究に新しい知見をもたらすものである。第二に、長期にわたるフィールド調査により、これまで用いられたことのないロシア地方都市の博物館等のアーカイヴに収蔵された初出となる一次資料や、実際に文化財を利用した博物館学芸員への聞き取り、訪問者の感想ノートなど、現地調査ならではの手法を駆使して同時代のソヴィエト・ロシアに生きた人びとの心性に肉薄している。その結果、抑圧と抵抗、宗教と世俗、無神論と宗教、国家と教会、党=国家権力と公衆(市民社会)といった社会主義体制を論じる際のさまざまな二項対立にとらわれない、柔軟な叙述が可能となっている。第三に、宗教社会学、歴史学、文化人類学や観光研究などの手法を取り入れた学際性を有する研究である。多様な視点や方法を採用してややもするとつまみ食いのきらいもあるものの、一方で、ポストモダンの知的潮流が生み出した宗教研究の成果としての世俗化論再考や宗教概念に関する議論を生かしつつ、他方で一次資料の分析を重視している。また、我が国のソ連史研究においては、その帝国的性格の分析が重視され、少数民族や周辺地域に関する研究が主流となっているが、一方でソ連愛国主義/ロシア・ナショナリズムに関する具体的な事例を踏まえた研究が乏しく、本書はその空隙を埋めるものでもある。以上の点から、本研究がソ連地域研究のみならず、近代社会における宗教の変容や、社会主義体制下の公共性を論じるグローバルな比較研究にも重要な貢献をなしうるものである。
 最終審査では、冒頭に示された問題意識や目的が本書全体を通じてどう解明されたのか、最後により力強い結論が望ましいことも指摘された。特に、何が「聖なる景観」なのか、明確な答えが出されておらず、豊富な文献資料とフィールドワークに依拠しながらも、ややレトリックが勝った記述がもどかしいという感想もあったが、素朴な着眼点を地道に掘り下げた地域研究として、より発展的な論点が豊富にあり、登竜賞に相応しいと結論した。将来への展開が期待される。

2018年10月12日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会




受賞者紹介

湖中 真哉(こなか しんや)

静岡県立大学国際関係学部教授・国際関係学研究科附属グローバル・スタディーズ研究センター長・同研究科国際関係学専攻長。1994年筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科単位取得退学・静岡県立大学国際関係学部助手。同准教授を経て2013年より現職。2006年京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科より博士(地域研究)授与。2007年『牧畜二重経済の人類学』(世界思想社)で国際開発研究大来賞受賞。専門分野: 地域研究、人類学、国際開発研究。


高橋 沙奈美(たかはし さなみ)

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター助教。博士(学術)。専門はソ連および現代ロシア、ウクライナの正教を対象とした社会史、宗教社会学。最近は、冷戦期のロシア正教会と亡命教会による教会外交を列聖から考える研究課題に取り組んでいる。また現代ウクライナにおける教会の社会貢献活動についても調べている。京都大学大学院文学研究科修士課程、北海道大学大学院文学研究科博士課程修了。日本学術研究員特別研究員(PD)を経て、現職。

    


受賞者からの一言

◆湖中真哉氏

 この度、わたくしたちの著作に、栄えある第8回地域研究コンソーシアム賞研究作品賞を授けられましたことに対しまして、編者・著者を代表して心より御礼申し上げます。地域研究者の末席を汚す者としてこれ以上の栄誉はございません。選考委員の先生方に、本書に光を当てていただきましたことに、深く感謝申し上げます。本書が完成に至るまでには、編者、著者、編集者、そしてフィールドワークや国際会議でお世話になった方々等、数多くの皆様方のご支援とご協力を賜りました。改めて御礼申し上げます。そして、なによりも本賞は、人道的危機の犠牲となってきた人々、そしてその危機にもかかわらず精一杯生きてきた人々に捧げられるべきものです。この賞はこうしたわたくしたちのチーム全体にいただいたものに他ならず、わたくしはその代表に過ぎません。
 地域研究者は、たんに自分の研究関心に基づいて研究を進めているわけではなく、研究を進めてきた地域の人々にとって重要な課題に研究関心が引き寄せられます。わたくしが本書の課題である人道支援に関心を抱くようになりましたのも、長年調査していた集落の裏山で紛争が勃発し、そこに国内避難民が逃げ込んできたことに衝撃を受けたからでした。それから国内外の様々な研究者に研究分野を問わずお声がけをして、ご協力をいただくことで、この研究がスタートし、模索と紆余曲折の末、本書が形をみることになりました。
 学際的・国際的研究チームを編成し、研究を進めていく課題で、わたくしは、地域研究は、ふたつの意味で他者とのぶつかり合いによってうみだされるものだということを学びました。ひとつは、もちろん生まれ育った地域を異にする地球上の他者を意味します。もうひとつは専門分野を異にする他者を意味します。わたくしも、未知の学問分野に触れる度、自らのものの見方の狭さを痛感すると同時に、たとえ専門領域が異なろうとも、ひとつの地域を研究する者同士としてそこに暮らす人々への想いはひとつであることを実感致しました。
 つまり、地域研究という学問領域の素晴らしさは、二重の意味でわたしたちのものの見方の狭さを自覚させてくれる点にあるのではないでしょうか。建前と綺麗事ばかりのグローバリズムや国際協調主義への反動として世界が内向きに自閉し、各国家が国益を剥き出しにして世界が硬直しつつある今日ほど、地域研究が重大な使命を担っている時代はないように思われます。地域研究とは、ある地域を深く探究することによって、地域や学問の枠をしなやかに乗り越えることを可能にする学問領域であり、その道は、建前と綺麗事を突き破って、人と人との直接的なぶつかり合いによってうみだされる真の意味での地球社会へと繋がっているはずです。
 本書を出版して最も良かったと思えることの一つは、人道支援の実務家の皆様方が、本書を手に取って、地域研究の成果をもとに人道支援の在り方を考える手がかりにして下さっていることです。ある人道支援の国際NGOの海外事務所では、本書をご覧になった日本人職員の方が、本書のもととなった英文報告書をダウンロードして現地の職員に配布して下さいました。地域研究の研究成果によって世界の在り方がひとつひとつ変わっていく。これはまさにわたしたちが夢見ていたことに他なりませんが、一歩一歩夢が現実に向けて動き始めているのは誠に喜ばしい限りです。
 幸いにも、本研究の後継となるプロジェクトが新たに始動し、わたしたちの研究チームは、本書の次なる転回を模索し始めています。最後に、本書の受賞が、人道的危機に直面してきたにもかかわらず、どこからも見すてられてきた人々に少しでも光が当たるきっかけとなりますことを願いまして、受賞の言葉を結びたいと思います。本当にありがとうございました。


◆高橋沙奈美氏

 この度は、地域コンソーシアム登竜賞という栄えある賞をいただくことができ、感謝の念に堪えません。審査の労を取ってくださった先生方、これまでご指導いただいた先生方、諸兄諸姉に深く感謝申し上げます。また今回の受賞は、ロシアで私の調査に協力していただいた博物館の学芸員の方がたをはじめとして、研究対象そのものが持つ魅力の賜物だと思っております。拙著は、ロシア革命以降のソヴィエト・ロシアで個人の信仰や組織としての教会を離れた文化財としての宗教がどのように形成され、ナショナリズムあるいはツーリズムの対象としていかに消費されたかに迫ることを目指したものです。
 私は現代史を専門とする者として、研究者としてのスタートを切りました。この時に、文書資料や国政史を重視した実証史学に対抗する、アナール学派の流れを汲んだ歴史学の手法を学びました。それ以来、表象、記憶、感性の歴史は、私の関心の中心であり続けています。同時に、ソ連解体を契機として、宗教に対する人びとの心性が大きく変化したことに興味をひかれました。2003年に初めて長期でロシアを訪れた私は、ソロフキ島(ソロヴェツキー諸島)という北極圏から約60キロに位置する修道院を訪れました。これは、異論派作家ソルジェニーツィンの著作を通して、ソ連初期の強制収容所として世界的に知られた場所です。しかし、2000年代初頭のロシアで、ソロフキは強制収容所の跡地ではなく、むしろロシア正教の伝統ある聖地として崇敬されていました。こうして私は、ソロフキという場の記憶と表象について調べ始めたのです。
 ソロフキのケーススタディによって、私は1960年代半ば以降のロシアで、革命以前の歴史的建造物を史跡・文化財として保護する動きが活性化したことに目を転じました。そしてそれはよく言われるロシア・ナショナリズムの顕在化だけでは説明できないものであることを、当時の人びとの語り(博物館の活動報告、来館者の感想など)から明らかにしました。ロシア・ナショナリズムとは、多民族国家ソ連の中心民族であるロシア民族の排他的自己意識で、ソ連においては否定的に評価されていた概念です。その対極にあったのがソ連愛国主義で、諸民族の友好によって成り立つソ連に対する忠誠を指しました。史跡・文化財保護運動を推進したレトリックは「ソ連愛国主義」でしたが、実際に動いていた人びとの多くが、こうした社会主義の「イデオロギーの言語」を内面化しつつ、個々人の興味・関心を「自由に」展開し、公共善の追求を目指したソヴィエト的公衆であったことが明らかになりました。
 公衆と文化財保護の問題と並んで関心を向けたのが、ヨーロッパ・ロシア地域の伝統宗教であったロシア正教が、ソ連時代に文化的資源、あるいは学術(歴史学・社会学、民族誌)の対象として一種解体されていくプロセスです。ソ連時代に宗教は姿を消したのではなく、むしろ姿を変えたことを明らかにするため、博物館の展示や映画における宗教文化財の表象と受容、そしてソ連宗教研究の展開を研究対象としました。
 こうして振り返ってみると明らかですが、拙著は計画的な研究課題に向かって書かれたのではなく、研究者としてスタートを切った私が、研究対象から突き付けられる課題に次から次へと取り組んでいき、その集積として出来上がったものです。単著として出版するにあたって、これらの個別研究の根底にあった問題関心を明確にするよう、努力したつもりです。しかしそれでも、拙著の狙いがひとことで表現しにくいものとなっていることは問題だと感じています。また、研究手法や分析概念についても、歴史学から人類学、そして宗教社会学を参照にしましたが、基軸を欠いたことも本書の大きな欠点だと自覚しています。この受賞を励みに、今後も誠実に研究対象と向き合い、積極的に研究成果を発信し続けることのできる研究者でありたいと願っております。