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「地域の知」シンポジウム

いままさに目の前で展開している事態に対して、学術研究は何を言うことができるのか。「いままさに目の前で展開していること」に関する情報は、断片的なものしか手に入りません。そのような状態で安易に何らかの判断を下すべきではないと考えるのが学術研究のとるべき立場です。一時の感情に流されず、目の前で生じている出来事から時代や地域を超えても成り立つ部分と「今回限り」で生じている部分とを慎重に切り分け、それをもとに長期的な対応を考えるというのが多くの学術研究の立場だろうと思います。

その一方で、厳密なデータを入手して時間をかけて慎重に原理を導き出しても、原理がわかっただけではいままさに目の前で展開している事態には直接の役に立たないという考え方もあります。断片的な情報しか手に入らない状態でも可能な範囲で何らかの判断を下すのが学術研究の専門性だという考え方もあり得ます。むろん、もしこれを軽い気持ちで行うならば、これまで先人たちが厳密な方法により積み上げてきた学術研究の蓄積への信頼を失うことになります。しかし、いままさに目の前で起こっていることに対して「データが足りないので何も言えない」と言うだけでは、学術研究もまた社会の構成要素であることへの自覚に欠けるとの批判を浴びることになるでしょう。

また、いくらデータを厳密にして時間をかけて分析したとしても、想定外の事態が生じることもあります。高さ10メートルを超える津波に襲われることや、中東で民主化運動が起こって長期政権が倒されることは、多くの研究者にとって想定外のことでした。2011年以降の世界に生きる私たちは、自然現象でも社会現象でも想定外の事態が生じうるということを改めて認識する必要があります。

地域研究は、限られたデータをもとに、限られた時間のうちに、目の前で起こっている事態に対して何らかの判断を行うことを引き受ける態度であると言えます。地域研究者は、研究対象にする1つ1つのことがらの社会的な影響力は小さいかもしれませんが、想定外の事態をどう捉えるかという課題に日常的に取り組んでいます。もちろん、地域研究者は当てずっぽうや勘に頼って判断しているわけではありません。いろいろな方法により、限られたデータをもとに限られた時間のうちに判断しても大きく間違わないような訓練を積んでいます。

その方法の1つは、日ごろの基礎研究を疎かにしないことです。いつも目の前の事態に目を奪われてばかりいては、時間や空間の広がりのなかに事態を置いて判断することが難しくなります。そのため、世界の諸地域を対象に、語学はもちろんのこと、歴史・地理や哲学なども含む基礎研究を十分に行っています。

もう1つの方法は情報技術を利用することです。近年では、大量の情報を早く処理し、しかも視覚的にわかりやすく表現する技術が発達してきています。以前ならば1人の研究者が一度に扱える情報量に限度があり、そのため情報の見落としがあったかもしれませんが、情報技術をうまく利用すると、人間の頭だけで考えていては得られなかったような結論が得られる可能性があります。

ただし、情報技術が発達すればすべてうまくいくというわけではありません。インターネット検索を思い浮かべればわかるように、大量の情報を集めることができるシステムは、以前なら情報として扱われなかったものも情報として扱うようになるため、重要性の低い大量の情報のなかに本当に重要な情報が埋もれてしまう状況をもたらします。雑多な情報の中から貴重な情報をどうやってより分けるかという問題があります。

さらに、根本的な問題として、情報を入れただけで自動的に答えが出てくるシステムを技術的に作れるのかという問題があります。別の言い方をすれば、情報を大量に集めて適切な解析システムを作れば、専門の研究者による解説なしに誰でもその情報から意味がある内容を読み取ることができるのか、それとも、どれだけ情報を集めてどれだけすぐれた解析システムを作ったとしても、やはりその分野の専門の研究者でなければその内容と意味を適切かつ十分に読み取ることはできないのかという問題です。

専門の研究者なしにデータだけで意味がわかるような「データが語る」システムを作ろうとすることは、情報技術の発達のために意義があることかもしれません。しかし、そのようなシステムが完成することはおそらくないでしょう。それは、世の中には常に「想定外」のできごとがあるためです。そのため、最初にすべての事態を想定したうえで各部分を個別に検討していくのではなく、不完全ながらもいま目の前にあるものからどんどん処理(分析)していき、処理(分析)しながらシステムを作り直していくというアプローチが必要なのです。

このように、情報技術の発達を利用するには、適切な情報を収集・整理して提示する技術とともに、それを読み解く力も不可欠です。この2つをうまく組み合わせて現代世界を読み解く方法が「地域の知」と呼ばれるものです。

紛争や災害など、いままさに目の前で起こっている事態に対して、情報技術の助けを借りて、暫定的ながらも何らかの結論を出し続けることは、目の前に起こっている事態に対する解決の道を探るという意義があるとともに、想定外の事態に対応しようとする学術研究としての地域研究の方法を磨くという意義もあります。地域研究コンソーシアム(JCAS)は、地域研究に携わる研究者や実務者が所属組織の壁を超えて連携し、それぞれの事例や考え方を持ち寄って「地域の知」を作り出す場として「地域の知」シンポジウムを実施しています。


過去に開催された「地域の知」シンポジウム