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審査結果および講評(2015年度)

第5回(2015年度)地域研究コンソーシアム賞の授賞対象作品ならびに授賞対象活動について同賞審査委員会の審議結果を発表する。
今回の募集に対して,研究作品賞応募作品13件,登竜賞応募作品16件,社会連携賞応募活動1件の推薦があった。本審査委員会では,第一次審査によって選抜された研究作品賞審査対象作品2件,登竜賞審査対象作品5件,社会連携賞審査対象活動1件を審査した。各委員の活発な議論と慎重な審議の結果,それぞれの部門について以下の作品あるいは活動を授賞対象として選出した。

【研究作品賞授賞作品】
横山智著 『納豆の起源』(NHK出版)


【登竜賞授賞作品】
箕曲在弘著
 『フェアトレードの人類学 ラオス南部ボーラヴェーン高原におけるコーヒー栽培農村の生活と協同組合』
(めこん)

小西賢吾著 『四川チベットの宗教と地域社会 宗教復興後を生きぬくボン教徒の人類学的研究』(風響社)


【研究企画賞授賞活動】
該当なし


【社会連携賞授賞活動】
境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)
「境界地域を結ぶ『公・学・民』の研究・実務連携と社会貢献」

受賞された3氏,1団体には,委員会を代表して心からの祝意をお伝えしたい。以下は,各賞の授賞理由ならびに授賞作品・活動に対する講評である。
 第5回地域研究コンソーシアム賞審査対象作品は,どれも非常に興味深く優れた作品ばかりであった。また,その研究対象も研究対象地域も研究アプローチも多岐にわたっており,審査は難しい作業となった。同賞には特に審査基準は定められていないが,「国家や地域を横断する学際的な地域研究」であることが求められていると言える。ただし,地域横断性にしても研究分野横断性にしても,研究対象地域を複数にしたり,様々な研究分野をただ並列したりするだけでよいものではない。特定空間のユニークな地域研究によって他の地域・空間での研究に豊かな示唆を与えることも地域研究の重要な要素でもあろう。そのためには特定地域・空間の研究であろうが,研究対象地域を越えたユニークな研究となっていること,地域横断的に共有できる理論や方法論に基づいた問題意識や論理構成をもつことが求められる。そうした観点から,本審査委員会は研究作品賞および登竜賞の審査において,第一に,地域研究の醍醐味であるフィールドワークの魅力を遺憾なく発揮している作品であること,第二に,地域研究として理論的にも方法論的にも学術書として完成度が高いものであること,を重視した。ただし,こうした審査基準は今後の同賞のあり方を制約するものではないことを付言しておきたい。
 研究作品賞および登竜賞を受賞した作品は,明確な問題設定とともに,多大な努力・労苦を伴う類い希なフィールドワークから生まれた新たな知見を提示しつつ,広範な文献調査に加え,しっかりとした理論的・方法論的裏付けをもつ緻密な論理構成をもった学術書として,高い完成度を示している。これら受賞作品は,我が国の地域研究のレベルの高さを誇る作品群であったということができよう。登竜賞を1件に絞らず,2件の受賞となったのも,そうした我が国の若手地域研究者の甲乙つけがたい作品の完成度の高さによるものである。なお,登竜賞については,日本や他地域における類似の事例をより積極的に研究に取り込むことにより,地域横断的・一般的な問題としてそれぞれの地域の研究を展開すべきとの指摘があったことも付言しておきたい。
 社会連携賞の選考にあたっては,地域研究の特色を活かした活動であり,その活動が社会の多様な参加者を引き寄せ,今後の我が国の地域研究の進展に寄与するような持続性をもつ活動であるかどうかが,審議の主要論点となった。地域研究の新たな社会的実践の可能性を示した活動として,今後も持続的にその活動に取り組まれ,我が国の地域研究の新たな展開に貢献して頂きたいとの審査委員の強い想いが含まれている。

研究作品賞:
横山智著 『納豆の起源』 (NHK出版)

本書は,ラオス,タイ,ミャンマー,インド,ネパールなど,東南アジア大陸部からヒマラヤに至る照葉樹林帯において様々な民族がつくる納豆の製法と利用方法を基にして納豆の起源を探った作品である。まず納豆の原料となる大豆の栽培起源に関する議論,そして日本を中心とした発酵大豆食品の先行研究を幅広くレビューするところから始まり,各地の納豆をつくる際に必要となる菌の供給源となる植物利用,加工の形状,利用方法が詳細に記述される。そして,納豆生産と利用の共通点と差異から納豆の発展段階論を提示し,さらに納豆加工形状の空間的分布を発展段階論と空間的に重ね合わせることで納豆の起源仮説を導き出す。フィールドワークによって得られたデータを基に論じられた本書は,納豆の地域的多様性を明らかにして魅力的である。納豆の菌を研究する微生物学分野からの納豆起源研究には限界があることも明確に述べられている。
 本書の問いは極めて単純でわかりやすい。それは,どこにどのような納豆が存在し,その発祥はどこかを探るものである。横山氏は15年間にわたる地域横断的なフィールドワークによって,これまで納豆の報告がなかった東南アジア大陸部とヒマラヤの未調査地域を含む63地点を踏破し,独自の論を立て,その問いに答えた。フィールドワークから生まれた新たな知見の提示と特定の専門分野の視点を超えて論じられた方法論が非常に高く評価された。納豆は照葉樹林文化の文化要素のひとつとされているが,横山氏は照葉樹林文化論における納豆の位置づけをも修正しており,40年以上の月日が経過している照葉樹林文化論の再考を促す上で大きな学術的貢献を果たしていることが特筆される。
 本書は,学術書としてばかりではなく,一般読者にも分かりやすく,親しみやすく書かれており,幅広い読者を満足させることができる情報を提供している点で秀逸の作である作品と判断された。ただし,多様な納豆文化をすべて「伝播論」で解釈しようとしている点については,もう少し異なる観点から納豆文化論を展開できたのではないかという意見が審査委員の間で意見されたことも付言しておきたい。民族接触などにより食文化が伝播することは十分に起こりうることであるが,発酵した大豆の利用そのものは,各地域の食文化,気候などの特性により独自の発達を遂げ,多様な納豆文化圏が生まれたということも考えられる。納豆食文化圏という類型から東南アジア地域の食文化を再構成するという今後の展開も期待したい。


登竜賞:
箕曲在弘著『フェアトレードの人類学 ラオス南部ボーラヴェーン高原におけるコーヒー栽培農村の生活と協同組合』
(めこん)
小西賢吾著『四川チベットの宗教と地域社会:宗教復興後を生きぬくボン教徒の人類学的研究』
(風響社)

この作品は,南北問題の重要なテーマであるフェアトレードを対象とする。著者の箕曲氏はラオス南部のボーラヴェーン高原におけるフィールドワークに基づき,理論と実証の両面から考察している。世界貿易の一角を占めるまで,拡がりつつあるフェアトレードは,市場経済との距離の取り方から大きく,認証型と連帯型に分類される。小農生産者にとって,双方が持つ利害得失を厳密かつ丁寧に検討し,その問題点を明らかにしている。カール・ポランニー以降の経済人類学の成果を咀嚼し,経済関係を社会に埋め込む論理を展開している。その方法論の吟味も,生産から流通・消費に至るデータの活用も,きわめて周到になされている。
 500ページ近くの大著であり,多種多様のデータ分析を行っているため,一見して取りつきにくい学術書のような印象を与えるが,謎解きのようなフィールドワークの面白さに引き込まれる。抑制のきいた文体で記述されてはいるが,箕曲氏は窮屈な学術研究の壁を乗り越えようと試みている。結論として,アジア農村社会を内在的に調査する人類学が,生産者の課題を消費者に伝える代理人になる道筋を示している。関連する分野に過不足なく,目配りをした完成度の高い学術研究である。しかし,学術研究にとどまらない社会貢献の作品でもある。
 国際貿易において貧しい生産者と豊かな消費者が取引をする場合,フェアトレードは公正な取引を行い,生産者の経済生活を向上させる,というのが北側諸国の通説である。著者はフィールドワークの成果を携えて,この通説に挑戦する。ボーラヴェーン高原におけるコーヒー生産者組合では,フェアトレード運動を通じて経済的な利得は得られなくとも,人びとが対等な社会関係を形成させようとしたことがわかる。本書で扱われているコーヒー豆は,フェアトレードが得意とする商品である。フェアトレード自体がグローバルな現象であり,この作品は他地域への示唆に富む研究でもある。従来ラテン・アメリカやアフリカの産地における研究が主流であるが,ラオスの事例を踏み台に東チモールなどのアジアのコーヒーとの比較研究を進めて欲しい。また,北側諸国の経済論理に挑戦するアジアの論理を求めるならば,フェアトレードとは異なるアジアの運動,例えば,同じアジアの国である日本の生活協同組合運動といった消費者運動など,我が国の身近な事例なども省みた研究も必要であるとの指摘もあった。
 フェアトレード運動は,消費者と生産者の間の障壁を乗り越える可能性を開く,と著者は信じる。この人類学的な挑戦に期待し,「フェアトレードの人類学」は登竜賞にふさわしい,と評価する。
 小西氏の著書は,社会主義国家中国のもとで生きるチベット人社会に関する実証的な研究は,端緒を開かれたばかりといえるなかで,長期間のフィールドワークにもとづき,改革開放後の四川省のチベット社会における宗教実践の復興と存続の諸相を僧職者側と世俗側の双方から解き明かした初めての民族誌といえるものである。とくに,宗教実践の活性化の諸相について,ボン教僧院と村の人々の宗教実践に深く寄り添い,いかなる要素が人々を宗教に巻き込みつなぎ止めるのかという点からアプローチしていったことは非常に独創的なものである。
 本書の最大の特色は,改革開放後の宗教の活性化と維持の問題を,ボン教僧院の経済的基盤という点ばかりではなく,僧院を中心あるいは村の行事としての宗教実践が世俗の人々を巻き込んでいく,心と身体の問題として活写した点にある。そこでは,「加行」という宗教実践にみる「反復を生み出す達成感と一体感」,「身体に刻まれる修行」,チョルテン建設にみる「蕩尽ともいえる膨大な物品の投入」というように,身体化や可視化といった人々の心や身体への直接的な訴えが人々を宗教実践に巻き込んでいく決定的な要素となり,人々の共同性が紡ぎ出されることが明らかにされる。
 本書が,ボン教という宗教の活性化と維持装置に限定された議論で終わっている点には,物足りなさも指摘された。地域の実情を鑑みて難しさがあるとはいえ,地域にとって重要な文脈であるはずのボン教と中国政府や四川チベット社会との関係を捉える説明や分析が不十分であるとの指摘もあったが,地域研究としての方法論の完成度や学術的成果という点では評価が一致した。地域に深く入り込んだフィールドワークにもとづき実証的に明らかにされた,宗教の維持装置となる「身体性」「熱狂的な人々の巻き込み」という問題は,日本の伝統社会における「祭り」の問題など,地域社会の維持装置の解明というより一般的な問題へと広く展開しうる可能性を秘める成果として,高く評価された。

社会連携賞:
境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)
「境界地域を結ぶ『公・学・民』の研究・実務連携と社会貢献」
http://src-hokudai-ac.jp/jibsn/

境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)が実施する「境界地域を結ぶ『公・学・民』の研究・実務連携と社会貢献」は,第一に,我が国のボーダースタディーズ(境界研究)を通じて教育・研究機関のみならず,自治体,公益法人,NPOなど多様な境界域のステークホルダーを包摂する活動であること,第二に,地域研究の醍醐味であるフィールドワークや国際会議およびセミナーなどによる研究や「学び」とボーダーツーリズムなど地方活性化につながる社会実践とを見事に結びつけていること,第三に,地域を越えた共通課題を共有しつつ,国際的にも開かれた活動によって我が国の地域研究の地域横断的,国際的展開を行っていること,などにおいて,高く評価できる。これらの点に鑑みて,同活動は,社会連携賞の授賞対象としてふさわしいものと判断される。
 境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)の活動を受賞対象とすることは審査委員が総じて同意するところではあったが,それは過去の実績への評価とともに,ボーダースタディーズを通じた境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)の今後の持続的展開,新たな挑戦への期待が受賞理由に込められていることも付言しておきたい。

2015年11月1日
地域研究コンソーシアム賞審査委員会
委員長:堀江典生
委員:遅野井茂雄
    山田孝子
    門司和彦
    中村尚司


受賞者紹介

横山 智(よこやま さとし)

名古屋大学大学院環境学研究科教授。博士(理学)。筑波大学大学院地球科学研究科地理学・水文学専攻中退。熊本大学文学部助教授(准教授)を経て現職。専門分野は地理学。特にラオス農山村部における森林利用や生業などの調査から、自然と人間活動の関係性を捉える研究に取り組む。大豆発酵食品の研究もライフワークとして実施。著作に『Integrated Studies of Social and Natural Environmental Transition in Laos』(共編著、Springer、2014年)、『資源と生業の地理学』(編著、海青社、2013年)、『モンスーンアジアのフードと風土』(共編著、明石書店、2012年)、『ラオス農山村地域研究』(共編著、めこん、2008年)がある。

箕曲 在弘(みのお ありひろ)

東洋大学社会学部社会文化システム学科専任講師。博士(文学)。専門は文化人類学、東南アジア地域研究。早稲田大学第一文学部卒業後、同大学院文学研究科博士課程修了。ラオス情報文化省調査員、明治学院大学社会学部付属研究所研究調査員、東洋大学社会学部助教を経て、2015年より現職。ラオス南部のコーヒー栽培農村において、フェアトレードの生産者に対する影響について、協同組合、仲買人、村落政治機構に注目してフィールドワークを行っている。

小西 賢吾(こにし けんご)

金沢星稜大学教養教育部専任講師。博士(人間・環境学)。専門は文化人類学。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程研究指導認定退学。日本学術振興会特別研究員PD、大谷大学・関西学院大学・神戸女学院大学非常勤講師、京都大学こころの未来研究センター研究員等を経て2015年より現職。チベット社会(特に中国四川省)と日本をフィールドに、集団的な宗教実践と地域社会の共同性がいかに連関するのかを研究している。チベットのボン教徒に関する民族誌的研究のほか、石川県能登地域の活性化に向けた研究にも従事。

長谷川 俊輔(はせがわ しゅんすけ)

北海道根室市長/境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)代表幹事。1945年北海道根室市出身。根室市職員を経て、平成10年・根室市収入役、平成14年・根室市助役をそれぞれ歴任し、平成18年より根室市長就任(現在、3期目)。北海道大学の岩下教授の呼びかけによって平成19年に旗揚げされた「国境フォーラム」に当初から参加し、平成27年4月よりJIBSNの第3代代表幹事に就任、現在に至る。


受賞者からの一言

◆横山 智氏

この度は、地域研究コンソーシアム賞・研究作品賞という思いがけない栄誉を頂きありがとうございました。これまでご指導下さいました先生、同僚の皆様方、そして私のフィールドワークにご協力頂いた数多くの方々には感謝の気持ちで一杯です。
 私の専門は地理学です。ラオス農山村で土地利用や生業変化の研究を約20年間実施しています。そのような私がなぜ納豆の研究に携わることになったのか、簡単にお話ししたいと思います。
 はじめて私が海外で「納豆」と出会ったのは2000年、調査帰りに立ち寄ったラオス北部のルアンパバーンという世界遺産の町でした。その納豆は「トゥアナオ」、直訳すると「腐った豆」というもので、あまり美味しくありませんでした。味はともかく、文献でしか知らなかった照葉樹林文化の一文化要素とされる東南アジアの納豆を食べたことは、自分の中では感動的な出来事でした。
 それ以降、調査で訪れた地の市場に出かけては、納豆を探すことが趣味のようになりました。2007年からラオスで納豆を生産している家を訪ねる調査を始めたのですが、そこで見た納豆のつくり方は、菌の供給源となるものを何も入れず、茹でた大豆を肥料袋のようなプラスチック・バックに入れて、3日ぐらい置くだけでした。出来上がったものは、味は納豆っぽいのですが、糸引きは全くありません。そこで、ラオスの「トゥアナオ」は納豆なのか? 他の地域の納豆はどうなのか? という疑問が生じ、東南アジアの納豆研究を本格的に始めることになりました。
 今から考えると、私に微生物学の知識が全くなかったから、納豆の研究を始めるに至ったのだと思います。少しでも微生物学の知識があれば、納豆をつくる枯草菌(Bacillus族の菌)には様々な種類があり、糸を引かせる種類の菌もあればそうでない種類の菌もあることは、すぐに分かったはずです。そして、それ以上追求しようとは思わなかったかもしれません。
 その後、タイの調査では、チークやフタバガキ科の葉を使って煮豆を発酵させた納豆にわずかな糸引きがあることを知り、さらにミャンマーのカチン州でイチジクの葉に煮豆を包んで発酵させた納豆が日本と全く同じように強い糸引きがあることを発見し、菌の供給源となる植物に着目すると地域ごとの納豆の違いが明らかにできるのではないかと思うようになりました。そして、従来から納豆があると言われていたインド北東部やネパールなどのヒマラヤ地域にも足を延ばして納豆を探しました。最終的に、2014年までに照葉樹林地域63地点を調査しました。
 納豆の起源については、今から40年以上前に中尾佐助先生が『料理の起源』(NHKブックス)で「納豆の大三角形」仮説という雲南一元説を提示した後、いくつかの説が出されましたが、この20年ほど全く議論が進んでいませんでした。そうした状況において、フィールドワークを通して多くの納豆を見てきた私が今回提示したのが、生産者の植物利用から見た「納豆の発展段階論」から導き出した納豆の起源仮説です。この仮説は、いずれ覆されることになるかもしれません。しかし、誰かが新しい仮説を提示しなければ、議論は先に進みません。今後、私の起源論を批判的に検討して、新しい仮説を提示してもらえればと思っています。加えて、拙書ではフィールドワーカーが現場で何を見て、そしてどう感じ、それを次の調査にどのように結びつけていくのか、その臨場感を一般読者にも伝えられるように構成しました。拙書を読んだ若者が一人でも多く、この研究をきっかけにフィールドワークに興味を持ち、将来の地域研究を担ってもらう人材に育って頂きたいと思っています。
 最後になりますが、納豆を探し出すフィールドワークは、今後も続けて行きたいと思っています。また何年後かに、新しい知見を皆様に提供できるように、この受賞を励みとしてより一層研究に邁進して行きたいと思っています。今後とも、ご指導のほどよろしくお願いいたします。


◆箕曲 在弘氏

このたびは、「第5回地域研究コンソーシアム賞登竜賞」という素晴らしい賞をいただきまして、誠にありがとうございます。まずは、選考委員の先生方に深く感謝申し上げます。また、本書のもとになった博士論文の草稿を読んで指導してくださった指導教員の西村正雄先生、並びに博士論文の副査を務めてくださった各先生方に深くお礼申し上げます。
拙著の対象としたラオス人民民主共和国は、私が学部2年生のころに開催されたスタディーツアーに参加したのがきっかけで、それ以来、幾度となく訪れることとなりました。ラオスといえば、もち米が有名で、水田の広がるのどかな国という印象がありますが、ある時、私は南部の高原地帯でコーヒーを栽培していることを知ります。
 コーヒーは、世界第2位の貿易産品で、植民地主義や南北問題、そして発展途上国の貧困問題と密接に結びついた農産物として知られています。当初は、タイをフィールドに人類学的調査をしようとしていたものの、私は、このラオスで一見、細々と生産されているコーヒーに興味を覚え、博士課程に入りラオス語を学び、コーヒーの産地に入り込むことにしたのです。その過程で知ったのが「フェアトレード」でした。
 わたしはその後、「フェアトレード」が社会運動であると同時に、国際開発の分野で新たな貧困削減のための手法として注目されていることを学びました。しかし、当時、この仕組みが実際にどの程度、成果を上げているのかを実証的に研究した文献がほとんどないことにも気づきました。それならば文化人類学の手法を使って、自分で調査してみようと思い、その後、拙著に通じる研究となりました。
 さて、この研究の特徴は大きく分けて2つあります。ひとつは詳細な家計調査を行ったという点、もうひとつは生産協同組合への参加観察に基づいて、詳細に人間観察を行って、人びとの権力関係を描いた点です。前者の家計調査データの収集は、涙なしでは語れないほど、困難を極めました。そもそも自分の耕している土地の面積や収穫量などを記録していない農家の方々から、こういったデータを取得するのは、一筋縄ではいきません。さまざまな工夫をしながら、少しずつ手ごたえを感じるようになり、約140世帯の家計調査を終えるまでに6か月ほどを費やしました。
いずれによせ、家計調査では細かい作業が苦手な農家の方々と、できるだけ正確なデータを取りたい私との間のせめぎ合いが続き、相手に不快な思いさせないように、食事や酒の席では、呼ばれれば必ず行って、信頼関係を築く。こういった配慮が、良質なデータを取得するための隠れた営みになると、今では実感しています。
 この研究を通じて私が訴えたいことはいくつかありますが、その中でも、とくに記しておきたいのは、細かなデータ、とくに数字を追いかけることによって、初めて見えてくる現実があるということです。現象を観察するのは文化人類学者にとって必要不可欠な仕事でありますが、それだけでなく、ひとつひとつのデータを積み上げ、まとめていくことによって、はじめて説得力のある議論が可能になる。そう信じて、研究してきました。本書は約480ページもあり、通読するのは容易ではないと思いますが、現象の背後にある人びとの生活の技法を、緻密なデータをもとに説明することで、フェアトレードの影響ははじめて立体的に見えてくるのだと考えます。
拙著のもととなった博士論文の審査をしていただいた先生方からは、まだ不十分な点をいくつか指摘されています。たとえば、村落の権威のあり方については、いまだにそのメカニズムが理解しづらく、どのような権力が作用しあっているのかを解明していく必要があります。一方、農村社会の仲買人は、インフォーマル経済のあり方を明らかいするうえで大変重要であり、より深く調査していきたいと考えております。今後は、そういった不十分な点を埋めていく作業をしていくと同時に、資本主義やグローバルな経済活動の下でいきる「小さな民」に寄り添いながら、わたしたちの生活のあり方について考え直すことのできるスケールの大きな研究をしていきたいと望んでおります。


◆小西 賢吾氏

この度は、栄えある地域研究コンソーシアム賞登竜賞をいただき、誠に光栄に存じます。審査委員の先生方をはじめ、これまでお世話になったすべての先生方、同僚のみなさま、調査でご協力いただいたみなさまに心からお礼を申し上げます。
 私は本書の「まえがき」で、フィールドワークを行ったシャルコク地方(中国四川省)との出会いをエッセイ風に書きました。地域研究者が対象地域と出会うきっかけには様々なものがあると思いますが、はじめからお膳立てがなされているケースはむしろ少なく、多くが偶然の出会いに左右されるのではないかと想像しています。私もまた、この地域との偶然の出会いから、様々な方に支えられて、ようやく拙いながらもその成果を形にできました。振り返ってみれば、本書は地域をめぐる多様で広大な人のつながりの網の目から立ち上がってきたと感じています。
 本書は、中国西部の急激な社会変動を背景に、「宗教復興後」の時代における宗教と共同性の問題を、僧院を中心とする地域社会の宗教実践の場から考察するものです。チベットの人びとのグローバルな移動のレベルから、瞑想や供養塔の建設といった個々の実践における身体や感情のレベルまで、かなり欲張りに議論を展開しています。地域社会が社会主義的近代化や改革開放をへて再編される中にあって、宗教はなぜ人びとに対するある種の「説得力」を保持しているのか。それを、秘儀的なレベルではなく、僧院をぐるぐると巡拝しマントラをもごもごと唱え続けるような、多くの人びとが共感できる実践から描こうと心がけてきました。その中で、筆者自身もまた、ボン教を通じて実践の場としての地域に巻き込まれていきました。インド、フランス、中国をまたいだボン教高僧の著作集の出版事業のお手伝いができたことは忘れがたい思い出です。
 本書のもとになった調査は、人類学的な方法を用いたものではありますが、それだけではとても本書を完成させることはできませんでした。チベットの宗教は膨大なテクストの蓄積を有するため、地域史や儀礼等の記述には、これまで国内外で構築してきた仏教学、歴史学、言語学等の研究者とのネットワークが不可欠でした。こうした学際的な姿勢は、私の出身の京都大学総合人間学部と大学院人間・環境学研究科が掲げてきたものでもあり、そこで育つ中で少しずつ自然と身につけてきたように思います。また、京都大学地域研究統合情報センターや国立民族学博物館の共同研究プロジェクトに参加させていただき、地域間比較を軸の一つにした綿密な議論を通じて研究を鍛えていただいたことは、貴重な糧になりました。こうした経験をもとにして、今後も地域を核として諸分野を横断する知の営みとしての地域研究の発展に、微力ながら貢献できればと思っております。
 講評にもありましたように、本研究にはまだまだ不足点や課題も多く残っています。ボン教や個別地域だけにこだわるのではなく、他宗派にも目を向けた議論が必要だという指摘はまさにその通りです。ただ、ボン教に着目することは、これまでチベット仏教とそれに基づくチベット・モンゴル・中国・インド等の関係を軸にして語られてきた地域理解の図式を相対化し、東アジアと南アジアをつなぐ新たな視座を構築する意義があるとも考えています。また、中国のマクロな政治経済の動態と本書の内容を結びつけた議論の必要性は、非常に大きな課題として残されています。今後も粘り強く研究を続ける中で、一つひとつ解決していきたいと考えております。
 こうした展望を持ちながら、フィールドで出会った一つひとつの事象を、丹念に拾い上げる仕事を続けていきたいと思っています。本書は京都大学大学院人間・環境学研究科に提出した博士論文をもとにしていますが、それが生み出される場となった指導教員の山田孝子先生のゼミでは、大きく2つのことを学んだと思っています。それは、データにとことん誠実であること、そして、50年後に読んでも意味のある仕事をするということでした。本書がそれに応えられたかどうか心許ないところもありますが、授賞を叱咤激励として、これからも研究に邁進する所存です。本当にありがとうございました。


◆長谷川 俊輔氏(JIBSN代表幹事/根室市長)

この度は、「境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)」の活動にご理解を賜り、「地域研究コンソーシアム賞・社会連携賞」という素晴しい賞をいただき、心から感謝とお礼を申し上げます。
 私どもJIBSNは、北海道大学の岩下教授の呼びかけにより、2007年、国境を抱えるまちである「与那国」、「小笠原」、「対馬」と、北方領土問題を抱える「根室」の4つの自治体が集まり、境界地域として、それぞれが持つ課題や取り組み、また、将来のあるべき姿等について情報を交換しながら地域の発展につなげていくことを目的に「国境フォーラム」が設立されたことから始まっております。
 その後4年間にわたり、それぞれの自治体持ち回りによって、地元住民を巻き込んだ「フォーラム」を開催してきたところでありますが、この取り組みをさらに発展させ、自治体はもとより、実務者や研究者など多くの関係者によるネットワークを構築し、より専門的、かつ広範な情報交換の場をつくるべきとの考え方によって、2011年11月、「国境フォーラム」を発展的に解消し、現在の「境界地域研究ネットワークJAPAN(JIBSN)」が誕生しました。
 当会も現在5年目を迎え、現在では全国から多くの地方公共団体、研究・教育機関、関係団体などの賛同をいただき、毎年、国境・境界地域におけるセミナーの開催や、国境を越える「モニターツアー」の実施など、地域住民とともに、様々な取り組みを進めてまいりました。
 これらの活動が、この度の「地域研究コンソーシアム賞・社会連携賞」という素晴しい賞につながったものと考えており、大変に嬉しく感じておりますとともに、これまで当会を牽引してこられました、初代代表幹事の外間守吉:与那国町長、第2代代表幹事の財部能成:対馬市長、そしてまた、当会の船頭役を担っていただいております、北海道大学の岩下教授をはじめ、実際に活動されている当会のメンバーに対し、心から感謝を申し上げたいと思います。 当会は、まだまだ駆け出しで、今後もさらに発展させていかなければならないと考えておりますので、引き続き、関係皆様のご理解とご協力、さらに、ご指導・ご鞭撻を賜りますようお願いを申し上げます。 最後に、当会の活動に対して過分なる評価をいただき、このような素晴しい賞を与えてくださいました審査委員の皆様、さらに、地域研究コンソーシアム(JCAS)の関係者の皆様に重ねて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。